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タモツの日記
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#126 はじめての転職は12回目の異動

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今の事業所は12ヶ所目。仕事は3人でまわしている。けれども僕は1週間後に退職する予定だ。すでに有給休暇の消費期間に入っている。

僕は北海道の田舎町に『地域おこし協力隊』として赴任する。任務は就農研修をしつつ、地元の生産組合を盛り上げるというものだ。先日は面接試験のために現地へ行ってきた。レンタカーを借りて町を回り見てみたが、雪景色が素晴らしかった。写真も撮りまくったのである。

そう、僕は写真が好きだ。『僕の思う最高の1枚』を撮ることを目指している。そのための短期転勤族だった。職業は実験動物技術者。それは頻繁に転勤のある職種ではない。僕は特殊だったのだ。

だが役職に就けばそうも言ってはいられない。ここ最近の異動は都市部で近距離のものが多かった。会社としてはここで人材育成に励んでもらいたいのであろう。僕の思惑とは反する。故の転職でもあった。

これが都会勤務でなかったら話も変わっていたと思う。最近になって過去の写真を見返すことが多くなったが、良いと思うものに景勝地のそれとは関係がなかった。つまり定住していても『僕の思う最高の1枚』は追い続けられる。だが僕は都会暮らしが苦手だ。今の場所での定住は考えられない。つまり、僕好みの定住先を求めるための転職でもある。

後悔が無いと言えば嘘になるだろう。今でも迷いはある。きっとこれが消えることはない。人生の中での選択肢とはそういうものである。だが忙しくなれば別だ。おそらく僕は忙しくなるだろう。肉体的にも、精神的にもだ。後悔している時間も無くなると思う。その意味では後悔は無くなるだろう。故に心配はしていない。

そもそも、僕からは転職のハードルも低く見えている。今までに11回の異動を繰り返してきた。場所が変われば人も変わる。仕事も1から覚えることが多かった。現場の空気も違う。いつだって初心者からのスタート。もはや転職と思ってもいいだろう。はじめての転職だが12回目の異動なのである。

とはいえ異業種への転職。不安が無いわけではない。けれども、それは僕の経歴が後押しをしてくれている。新卒で配属された事業所も数に入れれば12ヶ所で仕事をした。すべての場所で得たものがあった。

1ヶ所目は、無口で問題児となっていたが、腐ることなく、最後は楽しかったとも思えた。

参考:#9 上司の密談に凸った

2ヶ所目では、上司が上手く使ってくれたおかげで、僕は職場のエースとなっていた。プライベートでは草野球部の幹事に就いた。オーナー側に出向しても、ちゃんと結果を出した。仕事の楽しさはここで学んだと思っている。

参考:#33 雇い止めされた

3ヶ所目では、誰もが担当したくない事業所を4年も守った。1人暮らし、料理、ドライブ、スキー。暮らしの楽しみ方を学んだ。写真を撮りはじめたのもここからだ。

参考:#47 撮りはじめた

4ヶ所目では、ブラック労働の解決を図った。少なからず上手くいった。問題の構造を把握することもできた。深く考えることの重要性を学んだと思う。

参考:#54 誰も悪くない

5ヶ所目では、仕事を充実させるために難関資格の取得を目指し合格している。自ら仕事を生むことの意味を知った気がする。

参考:#63 給料が上がった

6ヶ所目では、プライベートを充実させるために仕事をセーブして、写真の技術向上をめざした。仕事と趣味の折り合いのつけ方を学んだわけだ。

参考:#64 北海道へ行きたいか?

7ヶ所目では、マネジメント職に就いた。皆がお手上げの案件も攻略した。組織の運営方法も学べたと思っている。北海道ということでプライベートの充実方法も上がった。

参考:#84 上層部が喧嘩した

8ヶ所目では、配属そうそうに大震災に遭遇したが、非常時の振る舞い方を覚えた気がする。災害ボランティアにも参加した。考えることはたくさんあった。ここで得たものが一番に多かったかもしれない。

参考:#94 震災で降格した

9ヶ所目では、仕事のワンランク上の楽しさを知った。おそらく、この業種の極みな仕事を任されていたと思う。いい経験をさせてもらったが、同時にサラリーで働く儚さも知った。

参考:#102 仕事も写真も

10ヶ所目では、また違う形での仕事の楽しさを覚えたと思う。周りの人が良ければ業種を問わずに仕事は楽しい。研究の補助業務からトイレの掃除業務へと移ったが、抵抗を感じなかったことも嬉しく安心した。

参考:#110 恐れるものは何もない

11ヶ所目では、新社会人の教育も任された。パートも合わせれば2年で7人。1人は夢を追って退職してしまったが、他は長期で頑張ってくれた。営業職や研究補助へ行った者もいる。レアなケースだ。僕の教育方針も、大外れはしていなかったと思っている。

参考:#111バカなの?

そして12ヶ所目では転職を企画し実行している。これまでの経験が後押ししてくれているから、転職の選択も軽い。きっと、この先には多くの苦労が待っているだろう。けれども僕は何とかするだろう。今まで通りだ。怖いものは何もない。

故に、僕はこの選択に勇気の類は使っていない。無謀や若気の至り等々も然りだ。自分を説得する必要もなければ、デメリットから目を遠ざける必要もない。淡々と選択した。その意味では、真に『自分で選んだ』と言ってもいいだろう。過去の僕らには感謝しかないのである。

引越の準備は整った。住み慣れたアパートはもぬけの殻。車には荷物がいっぱいだ。

さよなら関西。見慣れた太陽の塔も手を振ってくれている。目指すは駿河港。フェリーに乗って、明日になれば北海道だ。

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