





医療系の研究施設で働いている。仕事内容は"お掃除"。男9人でまわしているためか、時間に追われることはあまりない。けれども会社は人材不足だ。誰もが優秀なわけでもない。平凡以下の者もいる。
だがそれは問題にはならない。ここには平等が無いからだ。できる者ができない者の分も動けばいい。全員が同じゴールを見ていれば、能力の違いも些細な差でしかないのである。
厄介なのは、能力の差ではなく、考え方の差であろう。仕事に必要なのは、広い視野と深い感受性。これが不足していると他人と衝突しやすい。争いも生まれる。職場の問題児もそうだった。
局所的だが現場の空気は悪くなった。だがそれだけである。仕事の効率が下がることはなかった。なぜなら、問題児以外の者たちは僕を含めて同じゴールを見ていたからだ。考え方の差も些細なものだったようだ。
『遊びは本気で仕事は適当』。僕の座右の銘にもなりつつある言葉だが、一番に近い同僚の彼も同じ思いだった。彼はサブカルが好きで、仕事よりもそっちの方が熱心であった。けれども優秀。ミスは少なく手際もいい。スピードも速いのである。おかげで隙間時間も多めだ。彼が助けてくれる。彼との雑談も多くなる。そんな時間が楽しかった。
彼は今までに僕の周りにはいないタイプであった。思想の話もしてくれる。もちろん、そのことに関する空気感も分かった上でだ。いろいろと教わることも多く、知らない世界を教えてくれたのだった。
哲学はおもしろい。正直に言うと、以前は毛嫌いしている節もあった。『これは哲学だから』。その昔、そのセリフを理屈の破綻を塞ぐために使っている人がいた。哲学はそのイメージが強かったのだ。
だが僕は間違っていた。哲学とは科学だ。本質の研究であり、その結果は検証可能なもの。破綻したロジックを正当化させるものではないのである。
途中で人事異動もあった。20代の若者の代わりにやって来たのは、僕らより少し上のおじさんだった。仕事はできるが、話も分かる。お喋りも上手い。ほどなくして裏ボスとして君臨するようになった。
呑み会は増えた。裏ボスの力である。楽しい酒の席。休日に集まって昼呑みすることも多かった。最初は抵抗があったが、慣れれば夜に呑むよりも健全であることが分かった。泥酔はしない。それは夜でも同じだ。昼にしてはいけないことは、夜でもしてはいけないのである。解散時間も早い。次の日も普通に動ける。昼呑みはいいことばかりであった。
楽しい生活は続かない。僕に異動の話が来た。となりのエリアへ引っ越しする。送別会も壮大に行ってもらえた。
正直に言うと、ここの現場に就いたときは、仕事の取り組み方が分からなくなっていて、すこし腐っていたと思う。北海道からの東北の2ヶ所は、気持ちのジェットコースターだった。気に入っていた北海道暮らしが早々に終わってしまい、東北に着いたら大震災に遭遇。隣の県に移れば社内の最高峰事業所で仕事に生きてみるも、急に幕切れ。おそらく疲れていたと思う。
けれども、ここに来たおかげで、仕事の楽しさも復活した。写真の方も好調になったと思う。ありがとう。僕は事業所の皆にそう伝えた。
次の職場で僕はリーダーに返り咲く。新規の案件だから立ち上げの要素も強い。仕事としてはしんどいだろう。でも、おそらく大丈夫。僕の経験も中々だ。恐れるものは何もないのである。