





医療系の研究施設で働いている。派遣社員だが社員さんたちのマネジメントも僕の任務だ。大きな問題もなく順調だと思う。現場の仕事も積極的に入っている。人手が足りないからだ。もちろんマネジメントの戦略でもある。「現場に来ない上司の指示には応えづらい」。以前にどこかで聞いた話だが、これを参考にさせてもらったわけだ。
僕が現場に入る理由はもう一つある。現場の仕事が好きだからだ。単調な繰り返し作業が好きなのである。幸いにも誰もやりたがらない仕事もある。そこに僕が入るわけだ。マネジャーとしての株も上がり、一石二鳥。
だが厳密に言うと単調な作業自体が好きなわけではない。作業をしているときの時間が好きなのだ。手は勝手に動いてくれる。頭では他のことを考えられる。写真のこと、料理のこと、ドライブのこと。ずっと頭の中で喋っているというわけだ。
この現場に来てから半年が経つ。仕事にもだいぶ慣れた。周りも僕に慣れてくれていると思う。平和だった。だがそれは突然に崩れ去った。上層部で起きていた喧嘩がエスカレートしたのである。
経営部門と技術部門のトップ同士が仲たがいしたらしい。そして技術部門のトップは会社を去った。それはこれからはじめる新事業の破綻を意味している。皆はお手上げ。僕の上長である坊主課長は「なんとかするように」の指令を上層部から受けて放心状態だった。
一大事である。オーナー会社がコケても、僕は派遣元の正社員だ。路頭に迷うことはない。また異動するだけの話だ。だが北海道から離れるのは心外である。「なんとかしたい」というのが本音。さすがに坊主課長も僕に相談はしない。立場的な配慮だと思う。僕に出来ることは課長の愚痴と文句を受け止めるだけであった。
せっかくの北海道。まだまだ行きたいところは山ほどある。ここへ赴任するために1年も我慢をした。元は取れていないのである。ダメもとで動いてみようと思った。
はったりをかます。ここで大切なのは自信だ。大丈夫。相手は藁にもすがりたい状況だ。半信半疑でも僕の作戦に乗ってくれるだろう。僕の迷いや焦りは隠すのだ。さすれば計画通りに事は進むであろう。
「空き時間を無理にでも作って、今日から練習を始めてください」。僕は坊主課長にそう告げた。タイムリミットまでは1ヶ月弱だ。技術があれば空いた穴を埋められるが、1ヶ月の練習で身に付くレベルの技術ではない。それは誰もが知っている。僕だって分かっている。それでも本気で取り組んでくださいと、坊主課長にお願いしたのだ。
現場は淡々と事業の準備を進める。熱量をもって。諦めることなく。備品はもちろんのこと、練習に必要なものもしっかりと発注する。その顛末を経営部門のトップに毎日報告する。練習の量と技術の現状も含めてだ。
僕も練習に参加した。後輩の肉姉さんもだ。社員さんも可能な人は参加した。誰もが無理なことを承知で練習したのである。
効果は2週間後に表れた。技術を持った人を派遣してもらえることになった。その人は別のプロジェクトを担っていたため、当初のお願いでは断られていたが、ここにきて覆ったのである。
すこしの後ろめたさは残った。この作戦の肝は『本気の熱量をみせる』こと。故に演じていた部分はあった。少なくとも僕はそうだ。作戦のすべてを知っていた坊主課長もそうだろう。心の真ん中には『練習しても無理』という想いがあったのだ。
加えて『相手をコントロールしにいく』という意思もあった。それは僕の中ではよくないことと思っている。結果的にコントロールしてしまった。『すこしの後ろめたさは残った』というのは、そういうことなのである。
新規事業は問題なくはじまった。小さなトラブルはあったが、回を重ねるうちに精度は上がり、順調に仕事はまわりはじめたのであった。これで僕の北海道生活もしばらくは安泰であろう。僕の写真は止まらないのである。