





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。3つある公式サイトの「おしらせ」を、月に2回のペースで更新させている。楽な仕事だからか、知らず知らずのうちに優先順位は下げてしまっていた。写真だけを撮っておいて、月末にまとめて更新なんてこともしょっちゅうだ。
本業務である、とある施設の運営も好調だ。お客さんからの依頼がテンポよく舞い込んでくる。とはいえ、もうすこし受注量は増やしたい。控えているイベント出店や開催は、それを目標にするつもりだ。先日も、2回目の打ち合わせを行った。
場所は施設内の事務室。前回と違って、お洒落な喫茶店ではなかった。今回の打ち合わせは、美味しくなさそうだ。そう思っていたら、先輩が近くのお菓子屋さんで買ってきてくれた。ありがたいを通り越して、もうしわけない。本来なら、僕が買い出しに行くべきだった。けれども、美味しい。さすがは十勝。スーパーもない地区だが、お洒落なお菓子屋さんはあった。
やはり、僕が役に立てる案件ではなかった。議案は各々の人脈を辿るフェーズ。僕のそれは乏しい。ほぼゼロだ。入社2年目だから仕方ないのかもしれないが、業界初心者というわけではない。にも関わらず、役には立てなかった。申しわけなさと、恥ずかしさと、皆のありがたさと。僕は沈黙を続けていた。
それにしても、この業界は人と人との繋がりが強い。いや、ここだけの話なのかもしれないが、サプライチェーンの上から下まで繋がっている。同じゴールを共有しているようにも見えた。農家時代に、僕は何をしていたのだろうか。このような輪に入っていれば、また別の未来があったと思う。
思い返せば、チャンスはあった。突然、直売所に訪れた彼は、僕にお願いしてきた。礼儀正しくも、ストレートな振る舞いから、滲み出る熱量を感じた記憶がある。あのときは、すぐに申し入れを断ったが、別の形でも、すこしでも、彼の力になっていれば、その後の離農という未来も変わっていたのかもしれない。打算的ではあるが、そう思った。
そもそも、今の社長も栽培ハウスへ見学に来てくれていた。同行者も多かった。頂いた名刺も、肩書が凄かった。それが縁で、農家の運営も少しだけ楽になった節もあった。仮に、あの頃の僕が、人と人との繋がりの中心に向かって、あと2,3歩進んでいたら、何かしらのいいきっかけになっていたかもしれない。農家時代に掲げていた理念も報われていただろう。
久しぶりに、農家時代を振り返ったと思う。続けられなかった理由は、「ひとりでやろうとしたから」と思っていたが、あらためてそれが正解だったと思えた。そして、ひとつの疑問も生まれた。あの頃の僕と同じ状況の者は、今この瞬間にも何処かにいるかもしれない。もし、いるのなら会ってみたい。助けることはできないが、一緒に悩むことはできると思う。そして、そこから何か生まれれば、僕の中の何かも救われる気がする。
それゆえに検索してみた。けれども見つからなかった。お手上げである。そう考えれば、発信は大切であった。考えてもみれば、農家時代の僕に会いに来てくれた人たちは、すくなからず僕の発信を受け取ってくれた人たちばかりだ。あまり上手くいっていないと思っていた発信だが、ちゃんと機能していたのかもしれない。
僕は会社の広報担当だ。けれども、最近は優先順位を下げてしまっている。もしかしたら、これは致命的なミスだったのかもしれない。僕の業務は、お客さんや業界に向けての発信だと思っていたが、それ以上に意味のあることだった。ならば、優先順位を上げる必要がある。イベントの打ち合わせも然りだ。次は必ず、僕がお菓子を用意しておきたいのである。