





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。先日は、運営を担当している施設で開催する予定のイベントの打ち合わせを行った。このイベントの言い出しっぺは僕ではない。先輩だ。故に、サポートに回ろうとしている。イベントへの参加は経験があるが、イベントの主催は未経験だからだ。おそらく役に立たないであろう。規模が大きすぎて、尻込みしすぎていた。ただ、ひとつひとつの課題に対しては、何かしらの役に立てるかもしれない。サポート役くらいが、僕にとっての最大の貢献となるだろう。
とはいえ、製材所メンバー3人だけでは心細い。できれば、イベント開催に慣れた人にいてほしい。それゆえに、社外の人にも頼ることにした。打ち合わせも外で行うことになった。お洒落なカフェに13時集合。いつもなら、製材所で行うのだが、この時点で僕の背筋はすこし伸びていた。
カフェの13時はランチタイムだ。飲み物だけを頼むわけにはいかない。けれども、食事は済ませてしまった。「ブールシュクレとアイスティー」。とりあえず、デザートメニューの一番上にあったものを頼んだ。自分でも何を頼んだのか分からない。クレープだが、具はなくシンプルなものらしい。僕は警戒していた。お洒落なお店の、お洒落な食べ物は、おおよそ食べづらいと決まっている。僕は日本人だ。お箸をこよなく愛している。けれども、お箸は出てこないだろう。そんなことを考えていると、店員さんがブールシュクレを運んできてくれた。僕の心配は当たったのである。その横には、ナイフとフォークが並べられた。
僕もいい大人だ。エレガントに済まさなくてはならない。右手フォークで、ぐるぐるっと、一撃で終わらせることも可能だが、自重の必要があるだろう。そうしなければ、店の雰囲気、所属会社の気質、僕のちっぽけなプライド、そのすべてが崩壊する。でも大丈夫だ。頼んでから運ばれてくるまでに時間はあった。その間に、頭の中でシミュレーションを繰り返していた。そもそも、苦手ではない。経験は乏しいが、貝や海老だって食べたことはある。大切なことは先読み。手を付ける前に、予定を立てて挑めばいいはずだ。
平皿に畳まれて置かれたブールシュクレという名のクレープ。茶色のブラウンが香ばしを想像させる。中央には小さくも大きくもないバターが一片。ふりかけられたカソナードは、フランス産のブラウンシュガーだ。
ナイフで切るは3cmほど。帯状にしたら、カットしたバターを乗せて巻いた。それを口に運ぶ。ナイス・エレガント。けれども、そんなくだらないことは、僕の頭の中から消し飛んだ。美味しい。もっちりとした生地が、しっかりと美味しかった。バターは道産のもの。コクはあるのに、重たくはない。カソナードとの相性もいい。それを味わうための生地だと思っていたが、逆だった。香ばしい生地を引き立てている。あくまでも、主役はクレープの生地だった。
気がつけば、がっついていた。食べる速度もMAX。それくらいに美味しい。エレガントさも飛んでいた。『クレープは飲み物』。それくらいの勢いがあったのかもしれない。僕の伸びた背筋も丸まっていたのである。
打ち合わせは無事に終わった。もとい、おいしかった。その感触を忘れないように、後日の夜ごはんはクレープとなった。卵と薄力粉。牛乳と砂糖。溶かしバターも入れた。適当に薄く焼いてみる。小さいながらも形になった。トッピングは、バターと砂糖。それをお箸で頂いた。
美味しいが、美味しくはなかった。これは食材の差であろう。お店の味には到底及ばなかった。具が欲しくなる。生クリームにチョコレート。桃の缶詰もいいかもしれない。数日後に実行したが、正解だった。
やはりプロのそれは違う。そう考えると、僕らが開催させるイベントはどうなってしまうのか。僕は『撤退』という逃げ道も作っておきたかったが、それは却下された。メンバーの熱は高い。僕はそれについていけるのだろうか。サポート役も危うい。けれども、楽しみなことも多い。今は、2回目の打ち合わせに期待している。