





自己紹介を簡潔にしたら16文字となりました。
追記すると、誕生は1977年。生まれと育ちは神奈川県の平塚市。20歳で会社員となり、39歳で退職。 あいだに地域おこし協力隊を挟んで、42歳で就農。 これが僕のプロフィールですが、はじめの16文字で僕の紹介の9割は終わっていると。 そんなことを想うのが僕という者です。
住まいは十勝の新得町。生業は原木しいたけ農家。収穫は毎日。それと榾木の運搬が日々のルーチンワーク。春は菌を植え、夏は榾木の腐朽を促し、秋は森で間伐。そして冬は栽培ハウスで薪をくべます。育てた椎茸の出荷先は、いまのところ生産組合が9割。残りの1割は、個人のお客様や飲食店様へ直接。将来は、この比率をもっと緩やかにしたいと考えています。
椎茸の育て方は、地域おこし協力隊員時代に教わりました。お師匠さんは3人。生産組合の先輩方達です。栽培方法は地域に受け継がれてきたもの。それは特別な栽培方法ではなく、教科書通りの正攻法。すこし時代遅れで、手間と時間の掛かるもの。けれども、厳しい寒さの訪れる十勝では、これが一番高効率。そんな栽培方法を誇らしく思っています。
就農を目指した理由は、好きだった写真と向き合う時間を多くとれると思ったから。実際、毎日写真と向き合えているから、今は幸せな日々を送らせて頂いてます。おまけに、育てた椎茸は『おいしい』との声を多くの方から頂いているので、本当に僕は幸せ者なんだろうと。だから、理想はこの暮らしが続くこと。加えて、誇らしく思える地域に根付いた栽培方法を、次の世代へ手渡しできることも理想です。そして、この2つめの理想を実現することを、今の僕の役割にさせて頂いてます。
そんな僕ですが、今後も宜しくお願い致します。
実家で暮らしている母は『自作』が得意な人。生まれと育ちは大阪府。父の転勤に伴い、神奈川県へ移住。そこで僕を生んでくれました。職業は主婦。仕事は家事全般。外食が苦手だった父のこともあり、家でのごはん率は、ほぼ100%。家族で外食した数も、僕の記憶の中では片手で収まる範囲。たまに食卓へのぼる手の込んだ料理も母の自作。加えて、僕の着ていた服も、母のハンドメイドのものが多く。母曰く、苦にならないからと。それらのエピソードが、母のことをそう思う由縁です。
聞けば、母方の祖父も自作の人でした。生業はオーダーメイドの仕立て屋さん。そういえば、母方の親戚にはクリエイター気質な方も多いです。そのためか、僕も写真が好きで、椎茸の栽培も好き。もちろん、料理も好き。おそらく、僕も自作に幸せを感じる人。椎茸料理の試行錯誤も、仕事ではなく趣味の範疇でした。そこで覚えた美味しい椎茸の食べ方を、皆さんにもご紹介したいと思います。
まずはシンプルに『網焼きしいたけ』。
椎茸の足を切り、笠の内側を上にして、中火か弱火でじっくり焼いていきます。家では魚焼きグリルか、オーブントースターの使用がお勧め。椎茸はひっくり返さず、笠の内側に水が出てきたら食べ頃。味付けは、ちょっぴりの塩。当農園の椎茸は、旨味成分であるグルタミン酸が豊富に含まれていることが特徴です。それを楽しむためには、バターや醤油ではなく、薄めの塩をお勧めします。
次にご紹介するのは、『椎茸のオリーブオイル炒め』。
フライパンにオリーブオイルをひきます。薄くスライスしたにんにくを投入。焦がさないように弱火で火を入れていきます。にんにくの良い香りがしてきたら、1cmほどの厚さにカットした椎茸を加え、じっくりと中火で火を入れていきます。椎茸にすこし焦げ目が付いたら味付け。塩と胡椒、乾燥タイムもしくは乾燥ローズマリー。軽く火を通して完成です。
これだけでも美味しいのですが、これをベースに他の具材を追加すると、椎茸の旨味で他の食材も美味しく食べられる料理となります。お勧めする食材は、じゃがいも、パプリカ、ニンジン、長ネギ、etc。ベーコンやソーセージなどの加工肉とも高相性。裏方に回ったときの椎茸を楽しめる一品です。
ここで一つ、椎茸の足について。
軸とも呼ばれている部分ですが、基本的には食べられます。ただ、先っぽの石突と呼ばれる部分は、固くて食べられません。足の部分も笠に比べれば固いので切り方に工夫が必要な場合もあります。お勧めは、笠と足の長さが等しくなる切り方。笠と足は切り分けるよりも、一緒にしておく方が見た目も良くなります。是非一度、お試しください。
さて、話を戻して次に紹介する椎茸料理は『椎茸のクリーム煮』です。
まずは、大きくカットした椎茸をフライパンで焼いていきます。 油は、サラダ油でもオリーブオイルでも可。 焼きあがったら一旦皿へ。 次に、フライパンでバターを溶かし、薄くスライスしたタマネギを炒めます。 タマネギがしんなりしたら、薄くスライスした椎茸を追加。焦げないように炒めます。 椎茸もしんなりしましたら、薄力粉をバターと同じ量だけ追加して、よく炒め馴染ませます。 牛乳を追加し、とろみがつくまで火を入れていきます。 ここで、さきほど火を入れた大きめカットの椎茸を戻します。 味付けは、塩と胡椒、すこしの白ワインと乾燥タイム。1~2分くらい煮込めば完成です。
椎茸の美味しい食べ方を考えたとき、煮るという調理方法は省いていました。けれども、当農園の旨味が豊富な椎茸は、煮てもその力を発揮してくれます。通常、煮込み料理では旨味の元となる出汁が重要になってきますが、そこを椎茸が賄ってくれるというわけです。バターやミルクの強い味にも負けない生椎茸由来の旨味を楽しめる一品となってます。
最後は、すこし行儀の悪い食べ方もご紹介。
まずはピザ生地を作ります。強力粉600g、水360g、塩12g、イースト6g。材料を混ぜて、捏ねて、一次発酵は45分を2回で、間に1回のパンチ。4等分して、丸めて、休ませておきます。トマトソースは、細かく刻んだにんにくを、オリーブオイルで香り出ししてから、ホールトマトを追加。赤ワイン、バルサミコ酢、塩、乾燥バジル、乾燥オレガノ、乾燥ローリエを加えて煮詰めていきます。ピザ生地を丸く伸ばし、そこにトマトソースを塗る。石附を取った足つき椎茸を、縦に厚さ3mm程度に切って、トマトソースの上に並べる。ラクレットチーズをトッピングし、250℃に予熱したオーブンで12分焼けば、椎茸ピザの完成です。お好みで生バジルのトッピングをどうぞ。
このピザは、椎茸が大きすぎるので食べずらいです。2口目ぐらいで、生地はそのままに、上の椎茸だけずるっと食べてしまいます。ちょっと、お行儀は悪いです。けれども、これがおいしい。トマトソースとチーズの油と旨味を吸った椎茸だけを、ずるっと。あまり大きな声では言えませんが、とても美味しい食べ方なので、是非、試してみてほしいです。
おいしい椎茸の食べ方は以上です。
他にも椎茸料理はたくさんありますが、当農園の椎茸を大いに楽しむことができる料理は、この4つだと思います。あくまでも『椎茸をおいしく食べる方法』ではなく、『おいしい椎茸を食べる方法』です。そして、食べることはもちろん、作る楽しさも運んできてくれるのが椎茸。この楽しさを皆さんに届けられたら、農家としても嬉しく思います。
『榾木をひとつの生き物として育てています』。
これは、椎茸の栽培方法を説明するときに使った言葉です。 植物とは違う『椎茸』という微生物の育て方を、分かりやすく表現するとこうなりました。
植物にくらべると、馴染みの薄い微生物。ついつい、理解のために植物のそれに置き換えて考えてしまいます。 原木は畑。そこに駒菌という種を植えて、水やりを行えば、時間とともに椎茸は生えてくる。 それでも間違いではないのですが、実際はその認識で栽培するとうまく行かなかったりするのです。
ここでひとつ余談ですが、原木は、菌を植えられると『榾木(ほだぎ)』と呼ばれるようになります。 生まれたての榾木は、1年半ほど森で放牧させます。放牧を経て成熟した榾木は、ハウス内で冷水刺激と窒息刺激を与えることによって、椎茸を産み落とします。 産後の榾木は療養に入り、次の出産に備えます。こうして、1本の榾木は生涯で10~15回ほどの出産を経験します。 つまり、椎茸を育てるということは、榾木を育てるということ。榾木という生物の生涯に寄り添うことが、しいたけ農家の生業というわけです。
ときには榾木も病気に掛かることがあります。 そのときはもう一度森で放牧させたり、あるいは処分を迫られることもあります。 刺激を与えても椎茸を生み出さないときは、もういちど療養させたり、療養時間を長くとったり。 水が少なくて弱ってしまったり、水が多すぎて動けなくなったりもします。散水するにしても、榾木の様子を伺いながら行います。 暑すぎてバテてしまったり、寒すぎて冬眠してしまうこともあるのですが、栽培環境は自然環境に近いこともあり、対処できないことも多々あります。 それでも寄り添い、ともに生きていくことが求められます。
そして、役目を終えた榾木は『薪』と呼ばれるようになります。 厳しい十勝の冬を乗り越えるため、榾木は最後の仕事に向かいます。 若い榾木を守るため、ストーブの中で熱に変わり、ハウスの内を暖めます。 だからでしょうか、ストーブの中で燃えている薪に対して、「ありがとうございました」と心の中で呟いている僕もいます。同時にすこしのさみしさも。
榾木の寿命は4~6年ほど。 愛着は生まれ、様々なエピソードも生まれます。 僕の試行錯誤のために、早くに生涯を閉じた榾木もいました。 森での放牧中にエゾシカに倒された榾木や、イベントに連れて行ってもらえた榾木も。 放牧中に大量の椎茸を自然発生させてしまい、僕を困らせたこともありました。 産み落とした椎茸を撮ってもらえた榾木も多々ありました。
椎茸を育てるということは、榾木と共に生きていくということ。 そこに椎茸農家としての幸せがあるのかもしれません。
上の写真は、農園の森の中にある『榾場』を写したもの。
撮り溜めた数ある写真の中でも、お気に入りの1枚です。 当時、榾木の年間仕込み数は8,000本。森の中に伏せ込まれた榾木の数は、軽く15,000本超。 この景色を見学に訪れてくれた方も多く、皆さん一同に驚いてくれました。 とはいえ、榾場の景色は全国で見られるもの。 それではどこに驚いたかというと、この景色を一人で作ったところ。 榾木を一本づつひっくり返す『天地返し』という作業の話をすると、より一層。けれども、実際は驚かれるほど大変ではありません。 大切なことは急がないこと。そして、今その一瞬で出来ることをする。さすれば自然とこの景色は生まれます。
急がずゆっくり淡々と。 これは農作業に関わらず、十勝で暮らしていると、そう思える場面も少なくありません。 生活のための除雪や草刈はもちろんのこと、長い距離の移動もそう。 不便の代償で生まれた勤めも、急がずゆっくり淡々とこなせば、そこには自由に想いふける時間も生まれます。
なにを考えてもいい。過去を振り返ってもいいし、未来を想像してもいい。 苛立っても、猛省しても。問いを立てたり、答えを探してみたりしてもいい。 目に入ってくる景色を、ただただ観察するのもおもしろい。
そんな頭の暇な時間も、外から埋めようと思えば埋められるもの。 隙間時間は有効的に埋めてこそ、効率のよい人生。それこそが現代人の幸せなんだと。 僕は十勝に来る前まで、そう思っていました。けれども、そんな時間も無理に埋めるのではなく、暇を暇のまま過ごすのも良いものと。 今はそう思えるようになりました。
十勝で暮らしていると、頭が暇になる時間は多いです。 そこでも急がずゆっくり淡々と、想いや考えが溢れてくるのを待ってみる。 どんなに小さなことでもいい。無理に深堀する必要もありません。 ただただ、感じてみる。思ってみる。考えてみる。そんな時間の使い方も小さな幸せ。 十勝で暮らすことで得られた幸せのひとつ。これからも、そんな小さな幸せを大切にしていきたいです。
2016年の夏、ここ新得町は豪雨に見舞われました。あまり見たことのない進路で進んできた台風10号の影響で、深夜に1時間あたり90mmという記録的な雨が降りました。被害は報道された通りです。川が反乱したり、山が崩れたり、etc…。水道水の取水施設も流されてしまいました。そのため、しばらく続いた水道の使えない生活。給水車へ通う毎日。ルールを作って励む節水。心のケアも忘れずに。そんな風に、悩むことなく淡々と節水生活を進められたのは、この節水生活が僕にとって初めてのことではなかったから。というのも、東日本大震災が起こった2011年のあの日、僕の住まいは仙台市にありました。そのときの経験のおかげで、大きく悩むこともなく、再び訪れた節水生活を無事に乗り切ることが出来ました。
備えあれば憂いなし。
思えば、自然の驚異に対する一番の備えは、『経験』だったのかもしれません。就農後は様々な自然の脅威に悩まされました。豪雨や暴風、そして豪雪。対応には手間と時間が掛かります。もちろん、お金も掛かります。けれども、ひとつひとつ問題を乗切り、3年も経てば対応も慣れたものに。変わらず手間と時間は掛かるけれども、淡々とルーチンをこなすように、悩むことなく自然の驚異を越えられるようになりました。それもすべて『経験』のおかげだったと思います。
でも、全ての脅威が『型』に嵌るほど自然は甘くありませんでした。その日の天気予報は大雪。降雪の時間帯は深夜。積雪予想は多くて50cmほど。それは、いつも通りの対応で済ませられるはずのもの。案の定、深夜も薪ストーブの火を絶やさないことで、栽培ハウスの上に積もる雪を落とし、ハウスの倒壊は防ぐことができました。けれども、この日の雪は湿って重たいもの。木の枝に積もった雪は、落ちることなく枝先を垂らします。あるものは地面につくほどに。折れてしまった木も多々ありました。そして、栽培ハウスのビニールを傷つけたものもありました。加えて、重たく積もった雪は、その後に固く凍ってしまい、しばらく除雪は行えず。あると思っていた備えも、実際は足りていませんでした。
備えあっても憂いあり。
この言葉もまた真実だと思います。備えつつも過信しない。自然に対しては常に畏怖の念を抱き、少々の怯えを纏っているくらいが丁度良いと思います。そんなことも諭してくれるのが、十勝と呼ばれるこの地域。自然に対する姿勢に正しい答えはないけれど、これからも考え続けながら付き合っていきたいと。そう思えることは、もしかしたら、とても幸せなことなのかもしれません。
『プロにならなくてはならない』
組合長さんは仰いました。それは僕が地域おこし協力隊員に就任する前のこと。見学のために新得町を訪れたときに頂いた言葉です。知識をマニュアル的に身に付けるのではなく、平常時はもちろんのこと、異常時にも応用して対処できる武器としての知識を身に付けなさいと。その意味として僕はこの言葉を受け取りました。
組合長さんは、僕よりひとまわりも上の方。出身は関西で、進学を機に十勝へ移住されたと聞いています。経験則を大切にされる農家さんが多い中で、組合長さんは理論的な知識を大切にされている方。僕が栽培で失敗したとき、回復の教えを乞うても具体的な手順は出さずに、そうなった理由を淡々と示してくださる方です。自分で考えることが多かったですが、それが結果的に僕の知識と技術を底上げしてくれました。
そんな教えて頂いた栽培技術に違和感を感じたのは、他地域での勉強会に参加したときでした。北海道は大きいと言っても、同じ雪国。けれども、そこでの常識は十勝では通用せず。任意のものが必須であったり。同じ手間をかけても無駄であったり。とても不利な場所で栽培しようとしている事実を、そこで改めて知ることとなりました。
以前に、組合長さんはこうも仰っていました。その日は組合から卸している会社の広報部の方々との意見交換会。生産物の拘りを聞かれての回答。『量は作れないから良い物を作ろう』と。研修期間を重ねるごとに、その言葉の意味を深く知ることとなりました。
栽培方法における『理想と現実』に折り合いをつけることが農家には求められます。知識や技術はもちろんのこと、そこに必要なものがプロ意識であり、同時に生まれるものが農園の特色。理想の中の項目の、何を省いて、何を優先させるのか。この町に根付いた栽培技術は、優先させる項目が他地域とは違うと感じてます。それは栽培マニュアルの中では具体的に示せられないもの。この土地に無いものを把握したうえで行う操作に宿るものです。先代から受け継がれてきた栽培方法とは、そういったものと思っています。
ただ、そうやって受け継がれてきた流れも、僕で終わってしまう懸念があります。願わくば、次の世代へこのバトンを渡したい。僕が頂いたように。様々なものを満たしてくれるから。
その方法を模索する今日この頃です。
上の写真は町が運営する育成牧場で撮った1枚。そこは北海道らしい景色が広がる場所。日本には魅力的な撮影スポットがたくさんありますが、新得町のここは負けず劣らずの絶景が広がる場所だと思っています。
はじめてここを訪れたのは、仕事場へ向かう途中のこと。この景色を横目に、間伐予定地へ向かいました。着いた場所はうっそうとしたミズナラ林。背の高い熊笹と、密集した広葉樹に絡まった蔦で、薄暗く感じる森。約1ヶ月ほど、そこが僕の仕事場となりました。
エンジンパワーの強い山用の刈払機で、熊笹を刈ることからスタート。軽トラの通る道を作っていきます。まずは粗く刈り。次は根元から刈入れ。最後は刈った笹を片付けるように刈る。おおよそ1往復半で森の中の道が完成します。
伐採は、事前にしるしを付けたミズナラだけを倒していきます。伐倒方法は『追い口切り』。チェーンソーで『受け口』『追い口』という切れ込みをつくり、『ツル』を効かせて任意の方向へ倒します。倒した木は、枝を落としながら6尺(180cm)に玉切り。軽トラの荷台に乗せて搬出します。これが間伐の工程。文字に起こせば、スマートに流れそうな作業も、実際は躓きの連続でした。
刈払機での草刈も最初は上手くいかず。熊笹は、笹というよりも細い竹。刈払機の首を左右に振り払うことすら難しい。時間をかけても、作った道は細かったりするのに、燃料の消費量だけは一人前以上でした。木を切るにしても、順番と伐倒の向きで、作業時間は3倍以上にもなります。逆算して効率良く行おうとしても、予定通りにはいかず、無駄に時間と労力を消費する毎日でした。
効率の良い伐倒は、チェーンソーの切れ味で決まります。チェーンソーの刃は定期的に研ぐ必要があって、それは『目立て』と呼ばれているもの。ただ、これが難しく、上手く研いだつもりでも、刃が木に食い込まないことはよくあること。削りかすは粉状で、エンジンも負荷の無い一定音を奏でます。ここでの燃料の消費量も一人前以上。なにより、それが異常だと気付けないことが一番の問題点。最初の頃は『こんなものか』と、時間だけが過ぎていきました。
『切れないなぁ』
そう仰ったのは、もうひとりのお師匠さん。年齢は組合長さんよりも上の方。十勝生まれの十勝育ち。本職で林業にも関わっていた方です。主に、間伐のお作法は、この方に教わりました。地域おこし協力隊に支給されるチェーンソーは『STIHL』社製。このお師匠さんは、御用達な『Husqvarna』社製のものよりも排気音が好きと言うことで、よく僕のチェーンソーを触りに来てました。そこでよく仰っていたのが上記の言葉です。おかげで、僕はそれが異常だということを知れました。いつしか、この言葉を無くすことが目標に。達成できたのは、地域おこし協力隊となって3年目の春。『お、よく切れるなぁ』との言葉を頂けました。
林業は難しいです。言葉にすれば簡単な作業も、実際は小さな知識や技術が無数に必要。練習すれば誰でも必ず出来るようになるものではありません。途中で諦めて、できない人のままでいる方も多数いらっしゃいました。加えて、事業展開も難しいと聞いています。手軽に製作可能なプロダクトが一般のお客様にとって身近な消費物でないこと、それがそう思わせる由縁です。そこへいくと、原木栽培の椎茸は優秀な林業のプロダクト。林業の活性化で解決できる社会問題は多いので、その意味でも原木での椎茸栽培を続けていきたいと思います。
前職は短期転勤族のサラリーマンでした。 「写真が撮れる」と意気込んだ地方転勤だったけれども、あとになって思い返してみれば、記憶に残っているのは、各地で出会った美味しい食べもの。 もちろん、撮った写真も、その撮影地の思い出も、記憶には残っているのだけれども、それと同じくらい、各地の美味しいものが記憶には残っています。
その記憶を紐解けば、美味しさと一緒にあったのは『安さ』でした。 それが美味しさの記憶をブーストさせているのは確かだけれども、1次生産者となった今の僕からしたら、手放しで良い思い出とは言えません。 もしかしたら、その影で生産者さんは泣いていたかも知れないから。 一方で、1次生産者になったからこそ分かったことは、安く売りたいという気持ちの存在。特に対面販売だと顕著。 それらを踏まえると、価格の設定は本当に難しいと感じます。
理想は、稼げるところで稼いで、稼ぐ必要のないところを生みだせること。 けれども現実は、稼げるところを探すことで手いっぱい。 理想の経費から導き出した価格は驚くほどに高いから。 日本の一部の食資源が海外勢に買い負けて、国内流通に乗らないことが問題視されている昨今ですが、それも致し方ないことなのかも知れません。 僕の場合でも、1円でも高く買い取ってもらえるお客さんを大切にすることが、おそらく正解。 それでも、僕は可能な限り理想は追い求め続けたい。 稼げるところを作りつつも、稼ぐ必要のないところも併せて作りたいと、そう思っています。
すこし話は変わりますが、先日、メディアの方に取材をして頂きました。 質問に答えていく中で、たくさん聞いてくださったオフレコな話。 誰かに話すことで頭の中の情報を整理できると、そんな話はよく聞くのですが、この日のそれは顕著。 僕の話は理想の域を脱せられないものが多いと、あらためて知り得ることとなりました。
でも、理想を追ってもいいと思ってます。様々な方達に助けてもらっている農園だからこそ。 もちろん、理想論で終わらない実現可能なことは淡々と積み上げていきますが、そこから余力を作って理想を求めるくらいの気持ちは必要だと思うのです。
何を続けたいのか。何を次世代へ繋げたいのか。そして『農家にできること』とは何かを考える。 それは『農家が出来ること』や『農家にしか出来ないこと』だけではなく、『農家にも出来ること』も含むと。 その実行は大変だとは思うけれども、その過程にも農家の幸せはあるかもしれないと。そんなことを思う今日この頃です。
はじめての仕事場は東京都にある町田市の近くでした。
実家からの電車通勤。その激しい乗車率が歌の詩になるくらいの小田急線に乗って。 けれども、そんな新社会人生活は1年も続かず、11ヶ月で次の職場へ人事異動。 通勤形態は電車とバスのハイブリッドに。 ただ、そんな通勤方法をとっていたのは僕だけ。周りの先輩方々は揃って車通勤。 職場へは電車とバスで行ける人も多かったけれども、不便すぎてそれを選んでいた人はいませんでした。
当時の僕は、運転免許は持ってはいたものの、車を持ちたいという気持ちはありませんでした。 けれども、周りの方々が持っていると、欲しいというよりは、持たないといけない気持ちに。 そのため、割と早く車を持つことになりました。 当時は車の知識も皆無だったので、家の近所の駐車場を見て周って、外見だけで欲しい車種を決定。 中古車ディーラーへ行っては希望の車種を伝えて、その場で即決。たまたまMT車でしたが気にせず。 はれて車通勤族の仲間入りを果たしました。
最初こそエンストに怯える運転が続いたものの、半年も経てば慣れるもので。 『運転の練習』という名目の無意味なドライブも増えて、気が付けば行動範囲も広がり、数年後には本当に欲しいと思えた車へ乗り換え。 その頃には好きになってたMT車。そのことに気付かせてくれたのは最初の車。後になって思えば、良い出会いだったと思うわけです。
同時に、興味のないものにも一度は触れてみた方がいい、との思いも生まれました。 それが好きなものになる可能性があるから。 そのため、そこからは下手の横好きを展開。 あまりハマれなかったものの方が多かったですが、フィルムカメラに出会えたのは大きかったです。
MT車とフィルムカメラ。どちらも将来の先細りが心配なもの。 とりわけ、カウンターカルチャー的に選んでるつもりはありませんし、マイノリティな立場が気持ちいいわけでもありませんから、 できれば盛り上がってユーザー数もV字回復してほしい。 そしてMT車やフィルムカメラも数多く出てほしい。けれども実際は、一部のコアなユーザーが支える至高性の強い趣味的な位置に。 そのため、僕はの中では気軽に楽しめるものではなくなってしまいました。
それくらいならいいのですが、やはり自分の好きなものが世間の主流から外れていくことは悲しく。 どういうわけか、自分を否定されているようで。ただ、そんな想いを救ってくれたのはSNSでした。 そこでは、MT車も、フィルムカメラも、その存在を強く肯定してくれる人と多く出会えました。 MT車の良いところ、フィルムカメラの良いところ、タイムラインにたくさん並んでいると、それだけで癒されます。
けれども、その良さは世間には伝わり難いもの。やはり合理性には敵いません。 僕でさえAT車やデジタルカメラは便利だと思います。 そもそも、MT車やフィルムカメラが好きな理由も、僕の場合は後から付けたようなもの。 シフトチェンジが楽しいとか、アナログ的に画像を記録する機構だったりとか、 長所をあげればそれが自分にとっての好きな理由のように聞こえますが、本当のところは分かりません。
そういえば、最近、紙の本を買う頻度も増えました。 すこし前に電子書籍がはやりはじめた頃は、それで済ませたことも多かったですが、ここ最近に限っては100%紙の本を選んでます。 電子書籍の方が合理的であっても。だからと言って、紙の質感とかは分からないですし、ネットでよく言われている「紙の本の良いところ」にもあまりピンと来ません。 それでも紙の本を選んでしまうのは、自分でも認識していない何かしらの欲求を満たしてくれているのかも知れません。
そう考えれば、MT車もフィルムカメラも、自分では認識していない何かしらの欲求を満たしてくれているのかも知れません。 さすれば、合理的と思えるものを選んでも、実は自分でも認識していない欲求の捌け口を潰すことになっていて、 別のところでその捌け口を作る必要があるとすれば、それは非合理だとも思えます。
だから僕は「広く見れば合理的」と思うことにしました。 けれども、そんなものを多く抱えて暮らしていくことは、さすがに非合理。自分の暮らしの中にひとつかふたつくらい在れば良いと思います。 僕の場合はフィルムカメラとMT車。とはいっても、MT車は軽トラック。フィルムカメラも最近は使えていません。けれども保有はし続けたいから、紙の本は自粛しようと。 でも、それはちょっと悲しく。
そんなことで悩んでいる今日この頃です。
就農してからというもの、多くのメディアの方に取材をして頂きました。
そこでよく聞かれることは『なぜ移住されたのですか?』という質問。おそらく、期待されてる答えは、熱量のこもった覚悟ある目的。けれども、僕の場合は短期転勤族だったサラリーマン時代の延長戦の意味合いが大きく、そもそも移住自体が楽しい。もちろん、写真をはじめ、確かな理由になり得る想いはいくつもありますが、一番の理由は『移住したかった』だったと思います。
観光はもちろんのこと、旅とも違う『移住』という振る舞い。それまでに住み慣れた場所を片付けることも、新天地へ向かう移動も、そこで新しい暮らしを準備する過程も、すべてが移住の楽しさ。腰を据えて住み着くことでしか見えない景色も在ると思います。その土地の良し悪しを知ること。そこで暮らしていくためのちょっとしたコツの発見。郷に従えたときの多幸感。そして、他所との共通項に感じる安心感。そんな様々な刺激を求めて移住したのかも知れません。
きっと、僕は集落を飛び出して新天地へ向かうことに喜びを感じる人。太古の昔から、僕のような人が一定数存在していたから、人類は世界中に散らばったという説も、どこかで聞きました。ただ、僕ら移住者が集落を飛び出せるのも、集落を守る方達が存在していたから。やはり、その土地を耕し守り続ける人達がいたからこそ、ここまで人類は発展したのだと思います。僕には特別な信仰もありませんし、スピリチュアルなことにも疎いですが、ここに限っては生まれながらに与えられた役割みたいなものもあるのかなと思っています。
そう考えれば、移住を望む人とそうではない人の間に優劣はなく、ただただ任された役割が違うだけ。もしもそうならば、その土地に長く住まわれてる方達が望んでいることを、僕が間違って想像していた可能性もあると思います。
過疎化の進む地域に住まわれてる方達が望む未来とは、不安や恐れのない、希望のある未来だと。具体的には、人口が右肩上がりで、平均貯蓄も右肩上がりで、おまけに地域の知名度も上がれば御の字。すなわち、今とは違う町へ変わること。地域おこし協力隊という職業に就いていたときは、そう思っていましたが、実際は『変わらないこと』が一番に望まれる未来なのかも知れません。
日々は変わらず、朝には登校する子供たちの姿があり、いつもの場所で買い物ができ、慣れた家で床につく。夏になったら『今年も暑いね』と、冬になったら『今年もしばれるね』と、そんな話をできるご近所さんがいて。町の祭事を楽しみにしたり、草刈や除雪に精を出したり、咲く花や落ちた紅葉で和んでみたり。そんな去年と変わらない1年を今年も、来年も、再来年もと。
正直、一番に難しい理想と思ってしまいますが、その可能性があることを忘れてはいけないと。なにより、その理想を守ることに協力できる農家で在りたいとも思うのです。
椎茸栽培の楽しさとは。
やはり長い時間を掛けて育てた榾木から、立派な椎茸が数多く発生すると嬉しく楽しい。思うように椎茸が発生しなくとも、その原因を考えて、対策を講じて、その結果、多く発生してくれると、ひときわ嬉しいですし、その過程もあとになって思い返せば楽しい思い出。収穫籠にいっぱいの椎茸を見れば、明日を頑張れる活力も沸いてきます。
一方で、お客さんへの対面販売でも楽しいことは多く、『おいしそう』の言葉を頂けるだけで嬉しいもの。『美味しかったから友達にもあげたい』と言ってくれるお客さんも珍しくなく。そんなとき『椎茸農家でよかった』と思うのですが、そんな時間も椎茸栽培の楽しさのひとつだと思います。
とは言っても、地域おこし協力隊員時代の『研修』や『お手伝い』という形での椎茸栽培も、つまらないものではありませんでした。やはり多人数で取り組む作業は楽しいもの。ひとりでは億劫になる作業も『早く終わらせてしまおう』という号令を共有できれば、別の楽しさも生まれてきます。そんな楽しさを僕に与えてくれたのは、町から少し離れた場所で椎茸栽培をされているお師匠さんでした。十勝生まれの十勝育ち。年齢は僕より一回りくらい上の方。器用で出来ることが多く優しい人。椎茸栽培はもちろんのこと、経営や農家という仕事への向合い方、田舎暮らしの嗜みなど、多くのことを教わりました。地域おこし協力隊員を楽しく過ごせたのは、このお師匠さんのおかげだったと思っています。
ただ、そうした好きや楽しいを集めた仕事に就けることは、とても幸せなことだと思うのですが、どこか違和感を覚えることもあります。好きや楽しいを追い求めるだけで良いのかと。そもそも『働く』には、どのような意味があるのでしょうか。
普遍的に考えれば、働くことは生きること。働くことでお金を稼がなければ生きてはいけません。一方で、ロジカルに考えれば、働く人として社会を成り立たせている一面も。どちらにしろ、人にとって『働く』ということは人生の大部分を占めるので、できれば無理なく楽しく取り組みたい。そんな風に以前は考えていたのですが、就農してからはすこし考え方が変わりました。
お金や人のために働いてはいるのだけれども、仮にお金の心配はなく、人のために出来ることがなくても、やはり働いてはいるのだろうと。それは『働く』とは言えないものかもしれませんが、身に付けた技術を淡々と繰り返し使っていきたい想いもあります。木を伐り運び、椎茸を栽培し、収穫する。生きるための手段と思えるこの一連の動作が、実は『働く』ことの本筋なのかもしれません。そう考えれば、仕事とは関係のない、毎日の写真や料理も僕にとっては『働く』の一部。暮らしの3大要素と言われている衣食住ですが、それは環境を表わすもの。その環境の中で行われる『働く』も、暮らしの要素としては大切なことだと思うのです。
原木しいたけ農家の仕事はルーチンワークがほとんどです。原木を運ぶことと、収穫すること。季節によっては、菌を植えたり、原木を組んだり、伐採したり。どれもが単調で繰り返し行うもの。けれども、技術は必要です。毎日毎日、技術を使う場面があります。それは、好きや楽しいがあること以上に、恵まれた仕事環境なのかも知れません。『働く』の解釈は人それぞれで答えのない問いだとは思いますが、今の僕はそう思っています。
『なぜ、椎茸の写真を毎日撮っているのですか?』
これも、よく取材時に聞かれる質問です。同時に、答えに困ってしまう質問でもあります。きっと『椎茸の美しさに魅せられて』のような答えを出せればよかったのかも知れませんが、そう答えてしまうと後ろめたい気持ちも現れて。もちろん、椎茸の美しさに魅せられている部分もあるのですが、それがすべてではありません。結局、答えに詰まって口から出る言葉は『写真が好きだから』。それも嘘ではないのですが、今回はもうすこし毎日椎茸を撮っている理由を深堀りしたいと思います。
僕の写真は、僕のために撮っている写真。僕が良いと思える写真を目指して撮っています。そんな利己的な写真を撮るための方法は、Webや写真展にありました。けれども、技術的なものを身に着けても、目指している場所へは行けないと思うようにもなりました。被写体の選定基準も然りです。そのときに必要だったのは『美しいと思う気持ちの本質』を考えること。奇しくも、その答えは当時の仕事の中にありました。
人の本質を考える。人としての在り方を考える。人としての固定観念を外すと、人の道を外れた感覚にも襲われます。ただ、そこにひとつの答えがありました。それが色濃く出ている被写体を選ぶ。そこが際立つように撮る。いつしか、そんな撮影スタイルになりました。被写体を求めて遠出する必要もなくなりました。同時に、足りないものが多くあることを痛感しました。必要なことは反復練習と試行錯誤の繰り返し。それが『毎日撮っている』理由です。
ですから、誤解を恐れず言えば、被写体は必ずしも椎茸である必要はありません。極論、地面でも階段でも、落ちてる石でもいい。けれども、被写体として原木栽培の椎茸は優秀です。美味さ等に振切っているものなら尚更。僕が栽培者でもあるので、ある程度のコントロールが出来るのも魅力のうち。それが『椎茸の写真を撮っている』理由です。
願わくば、僕が死んでしまう前までには、心の底から良いと思える写真を撮って眺めてみたい。この写真活動がいつまで続けられるか分かりませんが、今は淡々と積み重ねていきたいです。一方で、その副産物のような椎茸と写真を待ち望んでくれる方々もいて、本当に僕は幸せ者だと思います。包み隠さずに言えば、この地域の原木椎茸文化が続くことで、僕のこの写真活動も続けられます。最末端の目的は僕の利己的なものですが、だからこそ頑張れる部分も多くありますし、関わって下さっている方々にも恩恵を受けてほしい。そんなことを想いながら、今日も明日も明後日も、引き続き椎茸を撮り続けていこうと思います。
※ これにてブログ全12話は完結です。読んでくださった方、ありがとうございました。 これ以上書く予定はなかったのですが、変更して、今後も不定期で書いていくことにしました。 そのようなわけで、引き続き、よろしくお願い致します。
全12話を書き上げました。1話目を公開したのは9月の中旬。当初の予定では年内に書き上げる予定だったので、すこし早い時間での完筆となりました。その理由を考えてみれば、思ってたより『楽しかった』だと思います。
小学生の頃、宿題の作文をさぼって先生に強く叱られたのはいい思い出。あの頃から物書きは苦手でした。それでも、就農を目指すと同時に、情報発信のためにと始めたブログ。うまくいかずに消しては書いての繰り返し。いつしか誰かに届けることは諦めて、残ったものは自分宛てに書いた記録と頭の整理のための文章。そんな中で書きはじめた『しいたけブログ』だったので、まさか『楽しい』と思えるなんて考えてもいませんでした。
書き始めた切っ掛けはちょっとした理由でした。あまり時間と労力は掛けられないので、全12話に。内容は、今までに出会ったお客さんやメディアの方々とお話したものを中心に選択。テーマは自己紹介。感じたこと、考えたこと、行ったこと、それらのエピソードを通して、厚めの自己紹介となるよう、12話の内容を決めました。
1話目はセオリー通りの自己紹介。2話目で料理に対するスタンスを。3話目は栽培方法を通じて、椎茸と僕との関係性を。4話目は十勝に対する僕の視点。5話目は農家の負の側面との接し方。6話目は1人目のお師匠さんの紹介と、地域の原木栽培文化の現在地。
7話目は2人目のお師匠さんの紹介と、僕の認識している林業界の現在地。8話目は、直面している課題の理想と現実。9話目はコーヒーブレイク的に、自分宛てに書いた記事を再編集。10話目は、元地域おこし協力隊としての僕が考える地域創生の方向性。11話目は3人目のお師匠さんの紹介と、僕の考える働くことの本質。12話目は、自分宛てに書いた『僕にとっての写真は』をお客さん向けに再編集。
文章の構成は農作業中に行いました。ひとりで行う単純作業中に。それが楽しかったのかも知れません。いつもはイヤホンで曲などを聞きながら作業を行うのですが、このときは耳も空けておきました。ときおりスマホにメモを打ちながら。頭を使って考えて。自分宛ではなく、誰かに向けてのものだったから、考えることも多く。その過程が楽しかったのだと思います。
おそらく、田舎暮らしと文章作成は相性がいい。写真と料理もそうですが、書くことも中々だと思います。そして、今までに出会ったお客さんやメディアの方々とお話したものはまだまだあります。ただ、締め切りや日々の予定に書くことを含めると、農作業に影響が出てしまう恐れもあります。故に、不定期になってはしまいますが、これからも同じテーマで書いていこうと思います。是非とも新着を見つけたらご一読ください。そうして頂けたら大変うれしく思います。
それでは、今後もよろしくお願い致します。
先日、手作りしたキーホルダーが壊れてしまいました。
ミズナラのつるつるとした樹皮は磨くと美しいので、間伐の際に出る枝を持ち帰り、金具を付けてキーホルダーに。農園グッズの試作品として作りました。オイルケアはしたものの耐久性に疑問が残ったので、しばらく使ってみることにしました。無機質な鍵の束にミズナラが入ることで柔らかい空気を纏う道具へと。試用期間は1年間。さすがに樹皮の美しさは消えたものの、腐ることはもちろんのこと、ひびが入ったり割れることもなく。いつしか愛着も生まれていました。ただ、1年経つ前に農園のグッズ化は見合わせ。低いクオリティと届け方を見出せなかったからです。後に残ったのは、試作品のキーホルダー。それが先日、壊れてしまいました。
思い返せば、このキーホルダーのような撤退と失敗を、就農してからいくつも繰り返してきました。「これからの農家は新しい経営策を構築しなければならない」と、そのような話を何回も聞いてきたので、一旦出来ることはすべてやろうと考えていました。
生椎茸を乾燥椎茸に加工し、6次産業化を目指しました。それをインターネット通販で買って頂くためにブログとSNSを運用しました。組合の名義でイベントにも出展させて頂きました。プレスリリースを出して新聞社や多くのメディアの方々に取材をして頂きました。町の公民館で写真展も行ったのも、この活動の一部だった意味合いは大きいです。グッズとして写真も売り出しました。クラウドファンディングも行いました。直売所もオープンさせました。DMにて飲食店様への営業も行いました。地域振興の一環で、支援学校の生徒さんの受け入れも行いました。けれども、どれも上手くはいかず。最後に試してみたのはWeb3.0のNFT事業。他は経費を回収してすこしの黒字化は達成できていたのですが、NFTだけは完全に赤字。その時点で、できることはやり尽くしたこともあったので、一旦、すべての事業を整理することにしました。
それが去年(2022年)の6月頃のこと。その後は迷走しながらも、翌年(2023年)の4月頃には次の活動方針が定まり今に至ります。
そして、このタイミングで壊れたキーホルダー。そこに意味はないと思うのですが、しっかりと直したいと思いました。このキーホルダーを作った頃に見ていた景色は、今も変わらず僕の脳裏に投影されてます。就農して間もないころ。場所は発生ハウスの薪ストーブ前。外は雪舞う寒い季節。お茶を飲みながらミズナラの枝を切って、やすりで磨いて、金具を付けて。今に思えば、あの頃は時間と心に余裕があったのだと思います。今は仕事が増えて、あの頃の様にはいきませんが、その気持ちのありようは見習いたく。僕にとってはその証にもなっているキーホルダーなので、やっぱりちゃんと直したいと思うのです。
十勝のソウルフード「豚丼」。かつてこの地域では鰻を食べることができなかったので、代わりに豚肉を使ったことが発祥と聞いています。そのため、甘辛い味付けの奥には直焼き由来の香ばしさもあり、粉山椒が合うことにも納得できます。
そして、そのテイストは椎茸にもよく合います。こってり系の料理にも合わせられる椎茸は、豚肉との相性も中々のもの。そう思ったので、過去に「椎茸入り炊き込みご飯」を十勝の豚丼風に作ってみました。
炊き込みご飯といえば、だしの香る優しい味付けが定番。そんな料理には鶏肉がよく合います。でも、ここは豚バラ肉に置き換え。味付けも、砂糖醤油を前面に押し出してみました。
まずはお米を洗い、適量よりすこしだけ少な目の水に1時間ほど浸けておきます。1時間経ったら味付け。醤油、砂糖、味醂、顆粒出汁。すこし濃い目の味付けが良いと思います。具材は豚バラ肉、椎茸、人参、牛蒡、厚揚げ。椎茸は大きめに、他は1cm角にカット。フライパンで豚バラ肉をじっくり炒めて、脂を出し捨て。他の具材を加えて軽く炒めます。味付けは砂糖、醤油、味醂、顆粒出汁。汁気が減ってとろみが付くまで炒めます。それをお米の入った鍋に追加して混ぜずに炊いていきます。吹くまで強火。吹いたら弱火で13分。火を消して蒸らしは10分。切るように混ぜたら完成です。
甘い味付けなので消費期限も少し長め。小学校の運動会におにぎりにして持って行ったこともあります。冷えても美味しいので、多めに作っても大丈夫。鍋で炊いて作っているので「こげ」も出来てごちそうに。そして、やっぱり味のアクセントに粉山椒も合います。
十勝の豚丼風「椎茸ごはん」、おすすめです。
原木栽培の椎茸は旨味と風味が特徴的ですが、歯応えの良さもそのひとつ。椎茸の菌種によっても変わってくるのですが、当農園で栽培している菌種でも、その歯応えは楽しめます。その食感は他の野菜食材では味わえないもの。根菜のそれとは違い、葉物のシャキシャキ感とも違う。しいて似ているものと言えば肉類。そのためでしょうか、ヴィーガン料理等では代替食材としても原木栽培の椎茸は需要があると聞いたことがあります。
でも、本音を言えば代替ではなく、肉類と比べられてもいい勝負ができる食材だと思っています。たとえば「南蛮漬け」。鯵や鶏で作ることがポピュラーな料理ですが、原木栽培の椎茸で作る南蛮漬けも中々のもの。食感はもちろんのこと、味や風味でも負けていません。今回は、そんな「椎茸の南蛮漬け」の調理方法をご紹介します。
まずは南蛮酢を作ります。醤油と砂糖とお酢に日本酒を少々。素揚げした長葱も入れておきます。一口大にカットした椎茸に日本酒を少々まぶして、衣は片栗粉。180℃の油で唐揚げにします。揚がった椎茸を熱々のまま南蛮酢へ。しばらく浸け置きすれば出来上がりです。
さっぱりし過ぎず、しっかりとした食べ応えは、原木栽培の椎茸のおかげ。ごはんのお供にも、酒の肴にもぴったり。肉や魚では表現できない美味しさがそこにはあります。もちろん体にやさしい。菌床栽培の椎茸でも作ることはできますが、原木栽培のものとの差が顕著に現れる料理だと思います。
代替ではない「椎茸の南蛮漬け」、おすすめです。
僕が料理をはじめたのは、独り暮らしをはじめた20代前半の頃です。最初は空いたお腹を効率的に満たすために。けれども、気が付けばそのおもしろさに夢中になっていました。その時感じていた料理のおもしろさとは、回を重ねてひとつの料理をブラッシュアップさせていくこと。もちろん、好きなものを食べられるおもしろさや、単純に創作のおもしろさもあったと思うのですが、改良を重ねてより良くしていくことが、なによりもおもしろかったと記憶しています。
そんな料理のおもしろさは農家になってからも変わらりません。椎茸を使った料理もブラッシュアップを繰り返しています。そんな僕の椎茸料理の中には「椎茸パスタ」もあります。おそらく一番に繰り返し作っている料理です。最初はトマトソースやクリーム系のパスタを試しました。けれども、美味しくもしっくりはこず。辿り着いたのはオイル系のパスタでした。そこでも、具材の切り方や味付けなどの試行錯誤を繰り返しています。今回は、現段階で一番に美味しいと思える椎茸パスタの作り方をご紹介いたします。
フライパンに多めのオリーブオイルをひき、薄切りにしたニンニクと椎茸を弱火でじっくりと火を入れていきます。焦がさないようにカリカリになるまで炒めます。
鍋に水を張り、みそ汁よりすこし濃い目の塩味になるように塩を入れます。パスタの茹で具合はアルデンテ。
茹であがったら、フライパンにゆで汁を適量追加。湯切りしたパスタも追加します。ゆで汁とオリーブオイルが乳化するように混ぜてパスタに絡めます。
お皿に盛り、粗く挽いた胡椒をかけて出来上がりです。
作り方はペペロンチーノ。そこに椎茸を入れてみました。具材を薄切りにしたことで、旨味はオイルソースに。それを吸わせたパスタは絶品です。簡単にできるので、平日のランチによく作っています。ここにサラダと、簡単な肉魚料理を併せるだけで、すてきなディナーにもなると思います。なにより、まだまだブラッシュアップの余地はあると思うので、料理のおもしろさを感じられる逸品だとも思えます。
より良くなっていく「椎茸パスタ」、おすすめです。
僕がまだ地域おこし協力隊員だった頃、町の公民館で写真展を開催しました。目的は活動報告を兼ねたPR。なにより訪れた方々が楽しんでもらえたら御の字。雑談のネタにでもなれば幸いとの想いで取り組みました。想定した来訪者は、公民館という場所柄とりわけ写真に特段の興味を抱かない方々。ですので、すこし変化球的な展示を試みることに。奇しくも、その年は町の開拓120周年ということで、1,200枚の写真を展示してみました。友人宅でアルバムを広げたときの空気感を創ったつもりです。
結果的に、会場では展示物を囲んで数人で談笑している光景があったり、ひとりで黙々と眺める方がいたりと、創りたかった空気感がそこにはありました。いい反響も頂けたので、写真展は成功したと思っています。
単純に、自分の創作物を多くの方に見てもらえて嬉しかったです。SNSなど、Webの世界でも見てもらえることは嬉しいのですが、それとは別の多幸感がそこにはありました。そして、自分の創作物がどこまで行けるのか、世に問うてみたい気持ちも生まれました。その頃からぼんやりと、人の集まるところで個展を開催して成功させたいと思うように。ただ、そこでも失敗の連続でした。ギャラリーを訪ねても、自分の現在地を諭されて。企画書を出版社に送っても相手にされず。もっと手前から歩む必要があることを知りました。
けれども、本業の椎茸栽培の手を抜くことはできず。かといってそれを言い訳に歩みを小さくはしたくありません。そこで、まずは知ってもらうためにZINE写真集を作り、それを届けるためのクラウドファンディングの実施を決めました。ただ、思った以上に仕組み作りは難航し、最終的にはプロジェクトページの再審査の結果を待つだけの段階で撤退することになりました。それが今年(2023年)の4月のことです。
残ったものは、試し刷りしたZINE写真集。その後、別件のクラウドファンディングのリターン品となり、数名の方に選んで頂けました。ZINE写真集の内容も、若干ですが再編集させて頂きました。表紙はモノクロに。巻末の文章は全て刷新。僕の写真に対する想いと、椎茸栽培に関する想いの交差点を、明確に書き表しました。そこがZINE写真集で強く伝えたいポイントであり、写真を通してでしか伝わらないものと思っています。
今回、リターン品のために発注しましたが、すこし多めにお願いしときました。今後は、これを待ってる人に届ける方法を模索します。きっと、その先に人の集まるところでの個展開催とその成功があると思うから。てはじめに、実家の母親へ送ることは決めてます。
十勝において『おせち』は大晦日に食べるもの。この風習を知ったときは少し驚きました。おせちはお正月に食べるもの。新年を祝うためのもの。それを前日の年越し前に食べてしまうなんて。でも、郷にならって大晦日の晩におせちを食べてみると、知り得たことも多かったです。
そもそも、大晦日の晩は忙しがった年末の作業も終わり、気分的にはのんびりモード。比べて元日の朝は寝不足なことが多く、加えておせちやお雑煮の用意で割と忙しい。そう考えれば、大晦日の夜に食べるおせちは、作る人にとっては優しい風習。案外、新年を祝う気持ちも、大晦日の晩の方が大きかったりもします。そして、おせちのレパートリーの幅も増えました。作ったその日の夜に食べるので、生食のものも用意しやすく。つまり、大晦日に食べるおせちは良いこと尽くめだったと言うわけです。
僕のおせち作りは30日の昼からはじまります。乾燥椎茸を器に入れ、水に浸して冷蔵庫で24時間待ちます。24時間経ったら、もどし汁は鍋に移し、もどした乾燥椎茸は足を切ってから鍋に入れます。
味付けは砂糖、味醂、醤油は少々。鍋を火にかけ、灰汁を取りながら沸騰しないように煮ていきます。1時間ほど煮込んだら鍋を火から下ろし、粗熱が取れたら出来上がりです。
甘い味付けなので日持ちも良く、次の日でも問題なく食べることができました。出汁が決め手となるおせち料理の中でも、味付けとしての出汁は入れませんでしたが、乾燥しいたけ由来のグアニル酸と呼ばれる旨味成分が良い仕事をしてくれました。子供たちにも人気の一品です。
大晦日に食べるおせち。夜なので、あとは寝るだけ。気兼ねなしに食べられるのが良いところ。ちなみに、汁物はお雑煮ではなく年越し蕎麦としています。
30代の前半頃、パン作りに熱を上げていた時期がありました。平日の午後8時からはじまるパン作り。完成は日付が変わったあと。200gの小麦粉から作る小さなバケットは、味見で完食してしまう量。毎日、深夜に焼きたてパンを食べるという、健康に悪そうな食生活でしたが、半年くらい続いていました。
そんな習慣も終わるときはピタッと。パン作りに限界を感じてしまい、辞めてしまいました。環境は自宅のリビング。窯は電気式のオーブンレンジ。最適な発酵環境を作るには難しく、それ以上を目指すには資金も必要。焼き窯も、せめてガスオーブンが欲しかったのだけれども、資金はもとより場所がなく。なにより、そんなハードルの高さを超えるほどの情熱は持ち合わせていませんでした。そのため、きれいさっぱりと辞めてしまったというわけです。
ただ、そこで得た知識と経験は無駄にならず、ことあるごとにパンを焼いて食べてます。バゲットはパン作りの基本を教えてくれました。ピザを焼くときも、生地はバゲットと同様のものにしています。応用して、丸パンや揚げパンも作りました。北海道へ移ってからはフォカッチャを焼いて食べることが多いです。そして、ローズマリーの代わりに椎茸を使ってフォカッチャを焼いてみました。
バゲットの材料は、強力粉100%、水70%、塩2%、ドライイースト1%。一方、フォカッチャは砂糖を入れて、ミキシング工程でしっかりとグルテンを出していくみたいなので水の量も減らしました。つまりは、強力粉100%、水60%、塩2%、砂糖2%、ドライイースト1%。一次発酵は25℃くらいで2時間とパンチ1回。成形して二次発酵は30分くらい。指でくぼみをつけてオリーブオイルを垂らし、そこへ薄切りにした生椎茸を乗せていきます。230℃のオーブンで、スチームしてから20分くらい焼けば出来上がりです。
フォカッチャにしては膨らみ過ぎましたが、中までふっくらと仕上がりまし。椎茸の香ばしさも良かったです。この日の夜ごはんはシチューにしました。ちぎったフォカッチャをつけて食べるのも美味しかったです。子供達にも人気で、よくねだられるので定期的に焼いています。
家で焼く『椎茸フォカッチャ』、おすすめです。
寒さの底は1月下旬から2月の上旬にかけて。ここ十勝でも、一番に冷え込む日はこの期間に訪れます。-20℃を下回る日もあり、濡らしたタオルを振り回せば、たちまち凍ってしまいます。
そんな十勝でやってみたかったことは、外気温でアイスを作ること。-20℃以下の日ならば、ボウルに入れた材料を、外で攪拌するだけでアイスになるのではと思い、実際に行ってみました。
材料は、牛乳と生クリーム。そこに液体の麦芽糖を入れました。時間は早朝。その日は夜中も晴天で、放射冷却の効果もあり、気温は-20℃以下まで降下。自宅の庭の雪の上に材料を入れたボールを置き、泡立て器で攪拌しました。
着込んでいても寒いので、5分に一回のペースで攪拌。待ち時間は家の中で待機していました。最初はしゃぶしゃぶ状態だった材料も、攪拌2回目あたりから粘度が出てきました。4回目あたりで角が立つほどの立派なアイスになりました。
出来たてを食べてみましたが美味しかったです。麦芽糖を使ったので角の無い甘さが印象的でした。風味や香味も独特で、バニラを入れようか迷ったのですが、入れなくて正解でした。なにより、暖かい部屋の中で食べるアイスは格別で、苦労して作った分だけ美味しさも上がっていたと思います。
冬の外気温で作る『麦芽糖アイス』、おすすめです。
実は簡単な原木しいたけ栽培。原木にドリルで穴を開け、市販の菌駒を打ち、森の木に立て掛けておけば、忘れたころに椎茸は生えてきます。その手順の意味を知っておく必要もありません。栽培で一番重要なことは環境を整えてあげること。そこを森という自然に任せたり、適応力のある品種を選べば、知識や経験は少なくて済みます。過度に手間や暇を掛ける必要もありません。それでも、そこそこの収穫を期待できるのが、原木を使った椎茸栽培です。
けれども、そんな運に頼る博打のような栽培方法では、商売になりません。やはり、農家にとって知識と経験は必要です。失敗したときに重要なことは、原因を特定して対策を企てること。知識がなければ原因は追求できず、あとで役に立つであろう経験も積めません。とはいっても、さすがに研究者ほどの深い知識は不要。そのような椎茸農家にとって必要な微生物学を、ここでは少しだけご紹介したいと思います。
そもそも微生物とはなんだろう。漠然としたイメージであるのは、目に見えないほど小さな生き物で、ものを腐らせたり、人を病気にさせるもの。けれども実際は、キノコのように目で見えるものもあり、発酵により食材をより良いものに変えたり、人の健康に良い影響を与えたりまします。それは、動物ではなく、植物でもない、第三の定義で括られている「微生物」と呼ばれる者たちです。
そんな微生物達も様々な種が存在していて、下等な微生物は細胞単位で個々に暮らしているのに対し、高等な微生物は各細胞で役割を分担し、組織を形成して暮らしています。動物が同じ遺伝子を持つ細胞同士でありながら、一方では足を組織し、一方では頭を、腕を、内臓を組織してひとつの生命個体を維持しているように、高等な微生物も、一方で糸状に伸びて養分を吸収し、一方で胞子を飛ばす器官を担う細胞も現れます。そして、椎茸菌も高等な微生物です。同じ遺伝子を持つ細胞同士が役割を分担して組織的に暮らしています。
そう考えると、椎茸菌という生物の全体像は、キノコではなく榾木(菌が入り込んでいる原木)のことだと思うのです。
地球上で一番大きな生物個体は「クジラ」と言われていますが、微生物の方が大きいという説もあります。生物個体の定義が「同じ遺伝子を持つ細胞の集まり」とすれば、森全体の土に網目状に延びた微生物が、地球上で一番大きな生物個体。そう考えれば、椎茸菌が隅まで入り込んだ榾木も、ひとつの生物個体と思えるわけです。
実際、椎茸栽培を考えるとき、榾木をひとつの生物個体として扱った方が、辻褄が合うことも多いです。例えば、温度管理にしろ、水の要求に応えるときも、キノコではなく榾木を見ないと分からないことは多々あります。つまり、果樹農家さんが果実ではなく果樹を育てているように、酪農家さんが牛乳ではなく牛を育てているように、椎茸農家は椎茸ではなく榾木を育てているということです。
以上となります。今回は以前にもブログで書いたことを、もうすこし深堀して書きました。
参考:Vol.3 椎茸を育てるということ
ご家庭で原木栽培に挑戦されてる皆さんにとって、このお話が何かしらの参考となったら幸いです。
榾木に寄り添うことは難しいです。椎茸菌はしゃべらないので、こちらが察してあげないといけないのですが、知識や経験がないと彼ら彼女らの要求を正確に理解することは出来ません。 寄り添うということは理解するということ。無知のまま寄り添っても、有難迷惑になる可能性は高いです。手間を掛ければ良いということではありません。必要な手間を掛けてあげる必要があるのです。
今回は榾木への水やりの方法をまとめてみました。方法を間違えると毒にもなってしまう水やり。必要なことは具体的な方法ではなく、考え方。農家にとって必要な知識をすこしだけご紹介したいと思います。
植物は、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出します。もうすこしだけ細かく説明すると、光を使って水を分解し、使い道のない酸素は外気へ廃棄、水素イオンはエネルギー源の作成に使われます。そのエネルギー源と空気中の二酸化炭素を使って糖を作成。すなわち、植物にとっての水は栄養素。水を飲んで日向ぼっこをしていれば、それだけでお腹がいっぱいになるというわけです。
そこへいくと、微生物の椎茸菌にとっての水は栄養素ではありません。水を飲んで日向ぼっこをしても、お腹はふくれず。そこは僕ら動物と同じです。それでも水が必要な理由は、生物が持つ多くの酵素はその反応に水の存在が必要だからです。ただ、僕ら動物は老廃物を水と一緒に体の外へ排出させるため、水の補給は減った分だけ必要。その点、微生物の椎茸菌はあまり積極的に水を摂取したり排泄したりはしないので、ただただそこに水があればいいのです。
そうなると、植物と微生物では水のやり方も変わってきます。植物は餌を上げるように。微生物は乾かないように。原木栽培の椎茸菌の場合は、榾木が乾かないように水をあげます。イメージ的には、子供の皮膚を乾燥から守るための保湿クリームを塗ってあげる感覚で水をあげます。榾木には導管と呼ばれる樹木時代の水の通り道があるので、切り口を湿らせてあげると効果的。ただ、水が榾木の内部まで浸透するには時間がかかるので、一回の水やりは1時間ほどの散水が必要とされています。
逆に水をあげ過ぎると、椎茸菌は榾木から水を排出させようとします。そのときは散水をしてはいけません。元気な榾木なら数日で適度な水分量に椎茸菌が自分達で調整します。逆に元気のない榾木は、いつまで経っても排水はされず。それは榾木の重さを確認することで知ることができます。原木並みの重さは弱っている証拠。水のあげ過ぎはもちろんのこと、腐朽不足や休養不足、菌の不活性も考えられます。
それでは具体的に、散水はどのくらいの量をどれくらいの頻度で行えばいいのかと言えば、椎茸の品種、榾木の腐朽度、菌の活性具合、環境の温湿度、等々、それらを踏まえて決めるので、一概にこれといった数字は出せません。大切なことは、榾木に耳を傾けること。抽象的ですが、榾木を毎日よく観察することでしか、その数字は出てこないと思うのです。
以上となります。ご家庭で原木栽培に挑戦されてる皆さんにとって、このお話が何かしらの参考となったら幸いです。
椎茸栽培で大切なことは、環境を整えてあげること。椎茸菌は自立している部分も多いので、過度なお世話は彼ら彼女らのためになりません。手取り足取り、必用なものを不足なく与えるのではなく、その生活環境を整えてあげることくらいが調度良いのです。
それでは、椎茸菌にとっての良い環境とはどのようなものなのか。そこには疑問も残ります。おそらく、それは僕ら人と同じもの。明確な答えはないのかもしれません。すべてのストレス源を排除した環境は、一見良いものと思えますが、実際は何もないことが新たなストレス源となって身心を崩すこともあると思います。そう考えれば、日々の暮らしの中では、生命の危機を感じない程度の軽いストレスも必要なのではないでしょうか。危機を乗り越えられる器量があるのならば、その器量を発揮する場面も必要なのかもしれません。僕はそう考えています。
十勝は、夏は30℃を超え、冬は-20℃以下にもなります。季節の寒暖差が50℃にも達しますが、そこでも椎茸菌は生き延びています。昼と夜の寒暖差が10℃を超える日も珍しくありません。湿度が30%台になる日もあります。それでも椎茸菌が生きていけるのは、その器量があるからです。その分、時間は掛かってしまいますが、その器量を発揮する場面を残したままにすることが、椎茸菌にとっての良い環境だと思うのです。
ただ、それが良い環境だとすれば、当農園の創る環境は100点ではありません。次世代へ子孫を残すためのパートナー探しは、椎茸菌にとって大きなイベントであり、障壁の高いストレス源でもあると思うのですが、そこは排除しています。
椎茸菌の子孫の残し方は、動物や植物と大きく異なります。僕ら人の場合、異性間でお互いの半人前の遺伝子融合させることで、新たに親と異なる一人前の遺伝子を持った細胞を作り、そこから個体へと発生していきます。一方、椎茸菌は半人前の遺伝子を持つ細胞が普通に増殖しながら暮らしています。パートナーを見つけても、細胞は融合するも、すぐに遺伝子の融合は行いません。細胞の中に異なる半人前の遺伝子の核が2個存在したまま増殖して暮らしていきます。榾木に危機が訪れると、核が2個存在する椎茸菌達はキノコを作り、脱出と拡散のために胞子を作りますが、そのときにはじめて遺伝子を融合させます。でも、融合して一人前となった遺伝子も、すぐにまた半人前の遺伝子へと分裂させられ、風に乗って新天地へ向かうことになります。
栽培用の椎茸菌は、すでに核が2個存在する椎茸菌です。パートナーを探す必要はありません。これが当農園の創る環境が100点ではない理由です。でも、こうでなければ品種にばらつきが出てしまいます。種菌メーカーさんの方で、毎回同じ半人前の遺伝子を持つ菌を確実に掛け合わせてくれてるからこそ、僕ら椎茸農家は毎回同じ性質のキノコを収穫することが出来ています。
ただ、そう考えると自然界で自生している椎茸の方が、苦労をしている分だけ美味しい可能性があります。ちなみに椎茸の性別は雄雌の2種だけではなく4種類もあるらしいので、パートナー探しは人よりも若干楽なのかもしれません。
ご家庭で原木栽培に挑戦されてる皆さんにとって、このお話が何かしらの参考となったら幸いです。
冬の栽培ハウスは良い香りがします。いつもは廃棄や自家消費している少量のハネ品椎茸。傘が割れているものや、部分的にいたみはじめてるもの。その一部を、冬は薪ストーブ上の網の上に置いておきます。良い香りの発生元はこれ。焼き椎茸になるほどの火力はないのですが、椎茸の水分を飛ばすには十分な温度。良い香りの正体は乾燥椎茸によるものでした。
とはいえ、この薪ストーブで作った乾燥椎茸は商品にはなりません。ハネ品ではなく正規品の椎茸を乾燥させても同じ。薪ストーブでは乾燥のための火力調整は難しく、換気能力もないため、椎茸の乾燥も不充分。日持ちはしませんし、なにより味がよろしくありません。やはり商品となる乾燥椎茸を作るにも知識と経験が必要です。当農園は乾燥椎茸事業から撤退してしまいましたが、以前はそこそこの量を生産していました。失敗の経験も豊富です。そこで得た乾燥椎茸の作り方を、今回は少しだけご紹介してみたいと思います。
まずは素材となる生椎茸の品質ですが、やはり鮮度の良い生椎茸ほど良い乾燥椎茸になり得ます。乾燥させるからといって水分量の多い椎茸も不適格です。傘の内側はもちろんのこと、頭が黒い椎茸は乾燥椎茸に向いていません。乾燥に時間が掛かりますし、味や風味も薄いものになってしまします。傘の開き具合も、6〜9割り程度のものが最適です。
次に乾燥方法ですが、味に関して言えば、自然乾燥よりも機械乾燥の方が上です。自然乾燥は太陽光に当てて乾燥させるのですが、同時にビタミンDが増えるという利点があります。ただ、ビタミンDはほかの食品(青魚等)から効率的に摂取できるので、あえて乾燥椎茸から摂る必要もありません。一方、機械乾燥は一気に乾燥できますので、品質の良い乾燥椎茸が作れます。また、良い乾燥椎茸を作るには、温度はもちろんのこと、段階的に送風と換気をコントロール必要があります。自然乾燥に比べて、燃料や手間のコストが掛かってしまいますが、品質の良い乾燥椎茸を作るならば、機械乾燥を選ぶ必要があるというわけです。
機械乾燥では生椎茸をエビラと呼ばれる網の上に並べていきます。並べ方は、傘が重ならないように。足は上向きに。蒸発した水蒸気は傘の内側から出ていくものが多いから。傘を上向けにして湿気が籠らぬようにします。
乾燥工程は3段階あります。最初は35~40℃で送風は排気モード。傘と足の付け根が固くなるまで乾燥させます。ここが柔らかかったり、スポンジ状にフワフワしていたら乾燥不足。ここで充分に乾燥させるので、椎茸の大きさにもよりますが、時間にすると12~24時間以上。肉厚の椎茸であったり湿度の高い日ですと、もっと時間は掛かります。経過時間に縛られることなく、傘と足の付け根の固さを確認しながら乾燥させていきます。
充分に傘と足の付け根が固くなったら、温度を少しずつ上げていきます。送風は半循環モード。5℃上げて2時間。これを繰り返して55℃まで上げていきます。その後は仕上げとして60℃で3時間。送風は循環モード。この工程で乾燥は終わります。
良くできた乾燥椎茸は、生椎茸と比べて重量が1/6~10になります。傘の内側は黄金色。香ばしくも旨味成分から来る甘い香りが周囲に立ち込めます。そのままにしておくと空気中の湿気を吸ってしまうので、手早く乾燥材入りの密封包装をする必要があるのですが、すぐに使うのであれば、密封できるタッパーなどでも十分です。
以上が、当農園で行っていた乾燥椎茸の作り方です。多くの方からお褒めの言葉を頂いていた乾燥椎茸ですが、ずいぶん前に生産を止めてしまいました。理由は採算が取れないからです。乾燥器は所属している生産組合のものを使っていたのですが、大きいので燃料代も多く、一度に大量の乾燥椎茸を作る必要がありました。それでも以前は季節になると早生品種の自然発生分で1日に100kg以上取れることもあったので生産を行っていたのですが、現在の品種ではそうもいかなくなりました。他にも、乾燥中は頻繁に確認と操作が必要なこと。燃料代や包装代、在庫費用、手間賃を価格に反映しづらいこと。そうした理由で撤退してしまいました。
願わくば、再生産したい乾燥椎茸。小型の乾燥機を購入しての受注生産、もしくは定期購入型での販売、等々。再開を目指して検討は続けています。
年末年始の忙しさは冬至から。こと料理に関して言えば、この日からはじまります。 かぼちゃ料理。シンプルに煮付けにして食べることが多かったけれども、ここ十勝では小豆と一緒に煮込む「いとこ煮」として食べることがポピュラーな様子でした。
かぼちゃは一口で食べられる大きさに切ります。 鍋に入れて水はひたひた。砂糖に醤油は少々。今回は缶詰の「ゆであづき」を使用。 沸騰しないように弱火で煮ていきます。
思えば、甘い味付けの料理が多い北海道。赤飯には甘納豆が入り、アメリカンドッグは砂糖をまぶして。 この「いとこ煮」も、相当に甘いです。東北以北で食べられることが多いと聞きましたが、十勝に来てはじめて食しました。 南瓜の生産量は北海道が1位。小豆に関しては国内総生産量の90%以上が北海道産です。 そんなふたつの食材を使った料理だから、産地で食べる美味しさも足されているのかもしれません。
十勝の冬至に頂く「南瓜のいとこ煮」、おすすめです。
今は昔、共同出荷をしている生産組合も、当時は冬季の出荷を行っていなかったと聞いています。 通年の出荷をはじめたきっかけは、市場への全量出荷を止めたとき。 直に卸すこととなった小売店様の要望に応える形で、所属する農家さんも冬季の栽培をはじめたそうです。
ハウスの鉄骨は、雪の重さに耐えられるよう直径32mm。加温のためのストーブを設置。 保温のためにハウス内にも骨組みを組んで、3重のビニールハウスへ。発生の見込める榾木の在庫確保のためにハウスを増設。 その他、様々な工夫と苦労があったと推測できます。
当農園も、少しずつですが改良を重ねてきました。 ただ、昨年(2022〜2023年の冬)の施策は失敗。 すでに発生可能な榾木をハウス内に数多く確保したのですが、その榾木は休養のための加温はいらないと思い、普段より低めの温度で管理。 すると榾木は冬眠してしまったようで、発生操作を行っても椎茸はあまり出て来てはくれません。 収穫に影響があったのは2〜4月。その間、組合を経由しない個人出荷はゼロ。 原因は温度不足。休養のための加温は必要なかったかもしれませんが、活動を続けるための加温は必要でした。
温度不足の原因は、ストーブの燃料となる薪の供給不足も少なからずあったと思います。 屋外の薪をハウス内に入れる作業は、2~3日に1回のペース。吹雪の日に当たることもあったのですが、そこは強い気持ちで乗り越えてました。 けれども、どこかで薪の消費スピードを抑えていたのかもしれません。その気持ちが「休養のための加温はいらない」との判断を生み出していたと思います。
故に、今年(2023〜2024年の冬)はハウスの加温体制を大幅に変えてみました。 ひとつは大型の薪ストーブの追加設置。以前に譲り受けた薪ストーブがあったので、これを新たに設置しました。煙突も一回り大きいサイズに変更しました。 もうひとつは、ハウス内の薪置場の増設。発生スペースの一部を冬の間だけ薪置場としました。これで薪置場のスペースは前年比で3倍。 屋外の薪をハウス内に入れる作業も、週に1回ほどのペースで賄えるようにしました。これで天候の悪い日の作業は回避できると思います。
おかげさまで、新しい加温体制は上手く機能しています。 ハウス内の平均気温は以前よりも上昇。朝方の低温も緩和されました。 冬季は発生操作から収穫までに時間が、夏の頃に比べて2倍以上の時間が掛かっていましたが、今年は1.2倍程度で抑えられています。 この記事を書いている12月の中旬は、まだまだ冬のはしりですが、一番に冷え込む1月下旬でも期待できる数字だと思っています。 難点はというと、想定よりも薪の消費スピードが速いこと。 やはり大型のストーブは放熱が多い分、薪の消費スピードも多かったです。 それでも、屋外の薪をハウス内に入れる作業は、前年よりも少なく済んでいるので、問題ないと思われます。
それともうひとつ、強い気持ちが消えてしまうことにも気を付けることにしました。 日が短い北海道の冬。日々の作業もハウス内が中心です。すると心配なのはセロトニン不足。 「幸せホルモン」とも呼ばれている神経伝達物質のセロトニンは、太陽光を浴びることで分泌されると聞きました。 これが不足すると、頑張れる力も弱くなってしまうそうです。
ですので、晴れた日は出来るだけ数分でも太陽光を浴びるようにしています。 散歩したり、写真を撮ったり、雪で遊んでみたり。 これもれっきとした業務のひとつ。
そんなことをしながら、今年も長い冬を越えようと思います。
『どのようにして椎茸の写真を撮ってるのですか?』
この質問も、以前にお客さんから頂いたものです。僕の写真を見て、このような質問を投げ掛けてくれることは嬉しいのですが、その答えは至って普通。カメラを向けて、シャッターを押す。それでも上記の質問が生まれるということは、すこし違った写真に見えたのかもしれません。
その理由を考えてみると、稀なレンズを使っていることも、すくなからず関係あるのではないでしょうか。今回は、そんな僕の使っているレンズについて、すこし書いてみようと思います。
『smc PENTAX67 75mm F2.8AL』
カメラレンズの名前は、アルファベットと数字の羅列で分かりづらいもの。ただ、その意味を紐解けば、名前だけである程度の性能を知ることができます。レンズ名の中にある「PENTAX67」の文字列は、そのカメラと接続できるレンズという意味。そんなPENTAX67は、中判フィルムを使用するカメラです。
僕のメイン機でもある最終モデルの「PENTAX 67Ⅱ」は、1998年の11月に発売されました。このレンズも、2001年の11月に発売されています。つまり20年以上も前のレンズ。それを専用のアダプターを介して、SONYのα7Ⅱの本体に接続して撮っています。
このレンズは中判67サイズ用に作られたため、α7Ⅱを含む「フルサイズ機」と呼ばれるデジタルカメラでは、レンズの見ている景色の1/4しか記録されません。そのため、本来は人の視野角と似た写真を撮ることができたのですが、フルサイズ機では、きれいに映る中心部のズームされた写真を撮ることができます。
また、背景をぼかしても解像感がシャープなことも特徴のひとつ。それらの要因が、僕の撮る椎茸写真を作っているのだと思います。
カメラの設定は、概ねレンズの絞りは開放、出来るだけ低感度、被写体に寄せて撮ることが多いいです。でも、これはα7Ⅱへ接続しているときに限ったこと。元々、PENTAX67Ⅱに接続して撮るときは絞りF8.0が常でした。
そもそも、α7Ⅱにsmc PENTAX67 75mm F2.8ALを接続して使い出したのは、ここ数年のこと。それ以前はGR2というカメラで椎茸を撮っていました。つまり、最近はα7Ⅱ+smc PENTAX67 75mm F2.8ALという構成で椎茸を撮ってはいるものの、それが最善とは思っていません。きっと、より良く撮れるカメラ構成や撮り方は他にもあるはずです。
そう思いながら今日も撮り続けているのですが、そのような姿勢も、僕の撮る椎茸写真には必要なのかも知れません。
先日、紙の雑誌を買いました。いろいろと12月は忙しいので、予定にも余裕を持たせているのですが、何事も起こらないと、隙間に空いた時間が生まれたりするのも年末。 そこで新たに仕事を探すのも年末だと思うのですが、ついついのんびりしてしまう僕もいます。 実験的な料理に挑戦してみたり、子供とケーキを焼いてみたり、ブログを書くのもそう。その流れで紙の雑誌を買って読んでいたというわけです。
雑誌の特集は珈琲でした。道内で喫茶店や焙煎所を営む方々の物語。 読み終わると珈琲を飲みたくなりました。紹介されていたお店にも行ってみたい。 なにより、豆選びから淹れるところまでの一連の流れを体験してみたくなりました。 なんでも効率よく手に入れることができるこの時代にあえて、です。
そういえば昔、趣味の無い友人が、珈琲の自家焙煎に手を出して夢中になってました。 好きなことを見つけたいと、いろいろ手を出した先にあった自家焙煎。 時間を掛けずに、手間を掛けずに、手軽にはじめたものは長続きしなかったのに、何よりも手間暇の掛かった自家焙煎が、一番楽しめたそう。 滴下式の水だし珈琲器具が欲しいと語る姿が印象的でした。
振り返ってみれば、僕の好きなものも手間か暇の掛かるものが多いです。 マニュアル操作のフィルムカメラ。マニュアル操作の車。 時短テクニックを使わない料理。テキストの読み物もそうかもしれません。 動画や音声で効率良く情報を得られる時代に、あえてテキストの読み物を選びたい。 それで得られるものがあると思うから。それは時間や知識でも、ましてや創作物でもありません。 きっと、効率の良いものに囲まれて暮らしても、満たされず何かに蝕まれると思うのです。
好きでもないものは無駄なく効率の良いものを。その分、好きなものには無駄に手間暇をかけて。 そう思える人はおそらく多数派だと思います。大切なことは周りの声流されないこと。皆の言う「面倒」は、自分の「好き」な可能性が高いから。
きっと、僕の原木栽培もそう。誤解を恐れずに言えば『手間暇を掛ける』のは誰よりも自分が楽しむため。 そして、お客さんがいるからこそ『手間暇を掛ける』ことができている。そこには自覚的でいたいですし、本当に感謝しております。
29話まで書きました。最終更新日は12月の30日。前回の編集後記から1ヶ月半。 内容は変わらず、今までに出会ったお客さんやメディアの方々とお話したもの。 それにプラスして、お客さんに話せるものもいくつか書いてみました。 そして、テーマは以前の『自己紹介』から変えるべく、いろいろと試した16話分となりました。
今までの農園の取り組みを書いたのは、14話と18話。この話は続きとなっていて、 更に2023年の春のHPの改装、夏のイベント出店、秋のクラウドファンディングへと繋がっていきます。 そのことを続けて書こうと思っていたのですが、話が少々重たくなってしまうので、間に挟んでみたのが料理の話。 椎茸料理から外れたものも書いてみました。26話も椎茸を使わない料理の話なのですが、これには『スマホで撮った写真を使う』という取り組みもありました。 ただ、これは失敗。実は他にもブログに載せられる話はありまして、スマホで写真も撮っていたのですが、その写真のクオリティが低すぎてすべて没となってしまいました。 ブログのための写真をどうするか。それが今後の課題です。
椎茸栽培の技術的な話も書いてみました。 ただ、普通に方法論を書いてしまうと、教科書やマニュアル本みたいになってしまい、本当に栽培で重要なところは伝わらないと思ったので、 栽培に必要な『考え方』を伝えたいテーマとして書いてみました。 実際に栽培されてる方の何かしらの足しになることはもちろんのこと、栽培をされてない方にも雑学としての興味を持ってもらえることを目標にしています。
また、7話目でも書きましたが、原木栽培の椎茸は、林業はもちろんのこと地域創生の文脈でも優秀な製品だと思います。 故に、挑戦されてる方は多いのですが、栽培があまり上手くいっていない事例もよく聞きます。 僕はまだ人の心配をできる立場でもないのですが、ここでも何かしらの足しにでもなればと思っています。
25話では乾燥椎茸のことも書きました。これはお客さんに多く聞かれる話です。 ありがたいことに乾燥椎茸の再製造を望む声もあり、過去にいろいろと考えてきたのですが、実際に動き出すまでに至らないのが現状。 けれども、記事にすることで言語化できたので、もうすこし踏み込んで考えようとも思えました。
写真のことも書きたかったので、28話では使用しているカメラレンズのことを少々綴りました。 写真関連の記事ということで、掲載写真もいつもより多めにさせてもらってます。 この話も入り口は出会ったお客さんやメディアの方々とお話したもの。 今後は、その縛りに捕らわれず、僕という人となりを知ってもらう目的で写真関連の記事を書いていこうと思いますので、お付き合いして頂けたらと思います。
29話は試験的な記事になっています。あえてブログの効果測定の数値は決めてはいないのですが、やはり伝えたいテーマは決めておきたいもの。 それは栽培方法や料理の役立つ知識ではないと考えています。それよりも、テーマにしたいのは、他でもなく僕が伝えられるもの。 29話はそれを探った内容となっています。この取り組みも続けて、ブログのテーマを固めていきたいと思っています。
そして、14~29話を通して感じたことは、過去に出会ったお客さんやメディアの方々との対話の大切さ。 思い返してみると、本当に多くの方と様々なお話をさせて頂きました。 お話しすることで、僕の頭の中の整理も進み、深堀の切っ掛けにもなりました。 他にも多様な恩恵があったように思えます。 けれども、現在は直売所も閉鎖中で、お客さんと実際に会えるのは年に数回のイベント時のみ。 そのため、直売所再開の検討をはじめました。 以前のような毎週日曜日の運営は難しいですが、実現可能な業態を模索しているところです。
その顛末もこのブログで綴ると思いますので、引き続きお相手のほど、宜しくお願い致します。
年末年始は生産調整を行いました。 関係各所はお休みになるので、毎日の出荷は停止させたいところ。 おこなったことは薪ストーブの停止。常時稼働させている薪ストーブへの燃料補給を止めました。 するとハウス内の温度は下がり、椎茸の成長も止まります。 おかげさまで、年末年始の収穫量はいつもの1/5くらいになりました。
でも、次に薪ストーブを再稼働させても、すぐには収穫量も回復しません。 そもそも、薪ストーブを止めてから収穫量が減るまでにも、すこし時間がかかります。 ハウス内にたくさんある榾木が熱を蓄えてくれているので、それが冷めるまでハウス内の気温は高いまま。 逆に、榾木が冷たいと、それが温かくなるまで、ハウス内も暖かくなり難かったりするのです。 しかもハウス内の気温が下がる時間より、暖かくなる時間の方が長かったりするので、毎日の薪をくべる作業を1日さぼると、寒い日はそれ以上になったりします。
やはり続けることは大切です。 こつこつと積み上げるだけではなく、続けることによって『維持』はなり得ます。 椎茸の栽培もそうかなと。ちょっとづつの収穫で年間の出荷数を稼げることも『続けたこと』の恩恵ですが、毎日の収穫量を維持できることも、その恩恵です。
こつこつ淡々と。すこしづつの積み重ねは、前へと進んだ実感があるので続け易いですが、維持は現状と変わらないので手ごたえも感じづらく、続けづらい。 けれども、恩恵が大きいのは後者の方。1回の大豊作よりも、継続した普通の収穫量。 当農園は稀な品種を使っていることもあり、こちらの栽培方針を取っています。 大切なことは、毎日こつこつゆっくり焦らず淡々と。それは合理的で大変なことですが、どこかで満たされてる僕もいて。 ひとまず年末年始も過ぎたので、再び続ける日々を送らせて頂きます。
菌床栽培の長所は、原木栽培に比べて予想を超えた事故が起きにくいことも、そのひとつではないでしょうか。 おかげで、食べたいときに安価で食べられるようになりました。それは大勢の方々が待ち望んでいたこと。 一方で、原木栽培の長所を生かした椎茸を待ち望んでくださる方は少数派。 多くの方に喜んでもらいたければ、農家も菌床栽培を選ぶことが最適と思います。 そのことに対しては自覚的でありたいですし、それを選んだ農家さんには敬意を払いたい。
それでは僕を含めた原木栽培の農家は、社会の声を蔑ろにしているかと言えば、そうでもありません。 手前みそにはなりますが、少ない声に応えることも社会貢献のひとつと、そう考えています。
ただ、お互いが少数派なので出会える機会は少なく、求めてくれる方へ届けることはもちろんのこと、知ってもらえるだけでも難しいのが現状でした。 一昨年(2022年)の夏にそれまでの取り組みを一旦白紙に戻した後、取り組んでいたのは写真の作家活動。 正直、知ってもらえる良い案が思いつかなかったので、何もしないよりかは良いだろうとの想いも少なからず在りました。 けれども、作家活動の計画が進むにつれて考え方も変わり、昨年(2023年)の春には作家活動を一旦止めて、求めてくれる方へ椎茸を届ける方法を再構築することにしました。
届ける方法は様々です。以前は『とりあえずやってみる』の掛け声で取り組んでいました。 結果は悪くはないものの、将来的な伸びしろは感じられないものばかり。 ひとつひとつの事業に繋がりが無かったことも、そう感じた理由だと思います。 そこで今回は、実現可能な理想を掲げ、そこから逆算してひとつひとつの事業をまわしていくことにしました。 はじめに手をつけたのは農園のロゴ制作。ハードルは高くともぎりぎり実現可能な理想を言語化することからはじめました。 そして、その想いをイラストに落とし込んでいきました。
原木栽培は、しいたけ農家を取り巻く多くの方々の協力の上で成り立っています。 原木を供給してくれる林業者様。種菌を供給してくれる種菌メーカー様。 技術を維持提供し、選別と卸を担ってくれている生産組合。様々な面で支えてくれている地元自治体。 そして、小売業者様や飲食店様、原木しいたけを求めてくれている皆様。 その方々のおかげで原木栽培という営みは保たれ、十勝の原木椎茸文化は維持されています。
この文化圏が活性化し、次世代へと繋がることが僕と農園の理想。 その実現のためにも、原木栽培の農家として、この文化圏の輪を牽引していきたいと。 その想いを農園のロゴに落とし込んでみました。
評判は割と上々。僕も気に入ってます。グッズを作りたいとの思いもありますが、それはまだ先のこと。 まずはこのロゴを多くの方に知ってもらうことから。 ロゴを使ったリーフレットとWebサイトの作成しました。
これを対面とWebの両方で届けていこうと決めたわけです。
体重を落としたいと思ったのは去年の11月頃。 健康診断の結果が悪かったこともありますが、これから露出も多くなると思うので、仕事的にも減らしておきたいと。 今までもそう思ったことは多々ありますが、上手くいかなかった理由のひとつに、お腹が空くと仕事が回らなくなることもありました。 もちろん根性も続かない。できれば、食べる量を減らさず体重は減らしたい。 そう思ったので、腸内環境を整える方法を試してみることにしました。
主食はごはん。みそ汁、漬物、ヨーグルトは必須。海藻類、キノコ類は積極的に摂取。野菜中心で根菜類の料理を多く。 豚、鶏、牛のタンパク質と脂質は極力回避。動物性のタンパク質はすこしの肉類と魚から得ることにしました。 おかげさまで、2ヶ月で5kgの減量に成功。年末年始を挟みましたが、問題なく乗り越えることができました。
上手くいった理由は、減量のストレスが軽かったこと。ごはん(白米)の量は制限しなかったので、空腹でつらいこともありませんでした。 野菜中心の食生活も、実際に行ってみれば料理も楽しいもの。 カロリーや植物性の脂質はあまり気にせずにいたので料理の縛りもゆるく、創る料理もおいしく仕上げることが容易でした。 今回はそんな料理の中から、椎茸を使ったお腹に優しい餃子の作り方をご紹介したいと思います。
我が家の餃子の野菜と豚肉の比率は約1:1でしたが、それを9:1以下にしてみました。 キャベツは半玉。ニラは1束。ニンニクは6片くらい。そして椎茸はLサイズのものを4枚使いました。 そして豚ひき肉は100g程度。たまごは1個。調味料は創味シャンタン、オイスターソース、紹興酒、醤油。 具材は全てみじん切りにして、調味料と共に混ぜ込みます。 皮に包んで、底に焦げ目が軽く付くくらい焼いて、少量の水を足して蒸し焼きにすれば出来上がりです。 タレは、醤油とお酢は1:1。そこにオイスターソースとラー油を足して頂きます。
おいしかったです。椎茸の旨味と香り、強い食感も良い仕事をしてました。さすがにカロリーは多めなので、頻繁には食べられませんが、長期的な減量スケジュールに影響はありませんでした。 豚肉を摂取することになりますが、少量なので大丈夫だと思っています。むしろ栄養面で少しは取らないといけないので、良い機会となりました。 餃子以外にも、ごはんと豆腐多めのみそ汁、それとタンパク源としてチーズも食卓に並べました。 念のため、食後に腸内フローラを整える整腸剤を摂っています。
減量のためにはじめた腸内環境を整える食生活ですが、以前よりも食事と料理が一段と楽しくなたっと思います。 お腹にも優しい『しいたけ餃子』、おすすめです。
栽培ハウスの除雪は大変で、その分だけ雑に行っていた自宅の除雪。 それもどうにかしたいので、今季からはそれも仕事の一部としてスケジュール管理を行いました。 おかげさまで、自宅の除雪も無理なく行えて、気持ちの良い毎日を送らせてもらってます。
除雪に必要なのは時間と道具。道具をそろえることは簡単なのですが、疎かにしがちなのは時間の方。 僕は去年までは時間の確保を疎かにしていたので、結果的に雑な除雪となっていました。
本当は降り終わった直後、もしくは朝方に行うことが最善だとは思うのですが、そこは妥協しています。 通行に支障が出るほどの積雪の場合は違いますが、すこしの雪なら農作業を優先させて、その隙間時間で自宅の除雪を。 除雪の方法も、効率よく手短に終われるように手順を煮詰めました。
ラッセルで雪を集めて、ダンプで雪捨て場へ。 型が決まれば考えることも無く、淡々と作業を進められます。 大切なことは無理に頑張らないこと。急げば早く終わらせることもできるのですが、疲れてしまうと次回が億劫になってしまうので。 すこしダラっと行うくらいが調度いい。長い冬を乗り切るにはそれくらいの心持が良いと思ってます。
道具はラッセルとダンプ。あと軽いスコップもあるといい。 自宅は屋根からの落雪と水滴で玄関前が凍るので、つるはしも用意しています。 それと、仕上げ用にナイロン製のほうきも。 地面のアスファルトが見えるまで除雪をできればいいのですが無理なので、玄関前は仕上げにナイロンほうきでを掃いて終わりにしています。 ナイロンほうきで雪を掃くと細い線が残るのですが、それが枯山水のようでとてもきれい。 次の除雪へのやる気も湧いてきます。
除雪は田舎の嗜み。 やってみれば案外楽しいもので。 そう思えるのは、時間と道具を用意できたから。 それと地域の積雪事情が良い塩梅。 少なすぎず、多すぎず。 短期転勤族時代に住んでいた関東やいくつかの豪雪地帯と比べると。
こんなところでも、十勝の良いところを見つけてしまいました。
しいたけ1袋400円。もちろん経費は回収できて、すこしの利益が出る価格。 けれども、それ以上に意味のあるものと気付いたのは、後になってからでした。 終わってみれば、お会計のすべてが現金決済。そこでもお客さんとの「やりとり」が生まれました。 ぴったりの金額だと、4枚を探す時間もやりとりの内。それ以上の硬貨や紙幣だと必ずおつりが必要に。 そこでもやっぱりやりとりが生まれます。
一応、電子決済の方法もすくなからず用意はしておいたのですが、出番はありませんでした。 たまたまかもしれませんが、効率だけを見れば無駄と思える現金の受け渡しも、 農家の産直ブースでは、それも求められている「やりとり」なのかも知れません。
『十勝ファーマーズマーケット2023』に出店を決めたのは、その年の6月のこと。 農園のロゴが完成し、リーフレットとwebサイトは出来たのですが、その届け方を模索した先の選択でした。
イベントブースのまわし方は地域おこし協力隊だったときにひと通り経験をしていて、 任期満了後も一度だけ生産組合の代表として1人でイベントに参加させて頂いた過去があります。 とはいっても、今回は目的の異なるイベント参加。販売に加えて知ってもらうという目的も掲げています。 そのため慎重に行きたいところですが、十勝の夏は短いです。 迷えばあっという間に秋の訪れ。故にまずは出店を決めたというわけです。
イベントまで1ヶ月半。途中からは農作業もいそがしくなる予定。今季のイベント回数は6回。 売上予測からブース作りに掛けられる予算は低め。ブースデザインはイベント全体の雰囲気は壊さないように。 一番の問題点は夏開催なこと。椎茸の収穫量が激減する時期。ここ数年は、猛暑日が続くと市場から椎茸が消えることも珍しくありません。
故に、椎茸が売り切れても、ルーフレットを手にしてもらえるブースが理想。 当初は、欧州で見られるような生産者市場をイメージしたものを作ろうとしていたのですが、 それでは理想から離れてしまうと思い、代わりにハンドメイドの雑貨マルシェで見られるようなブース作りに変更。 それならばと、将来的には本物の雑貨マルシェに参加もしてみようと思い、流用も念頭に入れたブースにしてみました。
そして迎えたイベント初日。場所は帯広の街にある大きな公園。芝生と白樺の大樹がきれいなところ。 イベント会場の脇ではエゾリス達が走り周っていたのですが、それも日常みたいで誰も気にしていないところが印象的でした。
そして僕のブースですが、結論から言うと失敗も多かったと思います。 ブースの裏で袋詰めをしながらの販売を予定していたのですが、予想よりもお客さんが多く、 店頭で対応ができない時間が多かったので申し訳なく。売り上げ的にも機会損失だったと思います。
また、袋も紙のものを用意していたのですが、それだとお客さんは中身が見えず。 それが理由で売れ行きも鈍いと思ったので、途中で透明の袋にすべて交換することに。 すると売れ行きも良くなったのですが、ブース裏での作業も増えて、これも機会損失を生んでいたと思います。
終わってみれば、売り上げは良かったものの、多量の売れ残りも発生してしまいました。 ただ、リーフレットの減り具合は良好だったので、初日にしては合格点だったと思います。
イベント2回目以降は、袋詰めも早朝に栽培所で行ってからイベント会場へ入ることで解決しました。 暑さで収穫量も減ってしまったこともあり、早い段階での完売が続きました。 おかげさまでブース作りにかかった経費も早い段階で回収することができました。 リピートしてくださったお客さんも多く、かなり遠くから僕のブースを目当てに来てくださったお客さんもいらっしゃいました。
完売後もブースの前で足を止めてくださるお客さんは多くいらして、リーフレットの減り具合も初日に続いて良好。 飲食店の方にも話が繋がり、新たな卸先も決まりました。 想定通り、連日、早い時間で完売してしまったことは申し訳なかったのですが、 大きなトラブルもなく全体を通して見ても成功と呼べるものとなりました。
欲を言えば、一年を通してお客さんとは接していたい。やはり伝えることは小さな積み重ね。 今後はそこを考えていきたいと思いました。
ひとまず、出会えたお客さんには、農園の生存確認のための「インスタグラム毎日更新」を用意してあったのですが、それに加えて公式サイトにブログも設置しました。 この文章がそうです。当初は全12話をゆっくり書き綴っていこうと考えていましたが、12話以降も書いてる目的のひとつに、農園の生存確認があるというわけです。
なにより、Webよりも対面の方が実感があってよかったです。 とはいえ、Webの方もやっていかないと。 その想いから秋のクラウドファンディングへと移っていったというわけです。
薪ストーブの調子が悪いなと思っていたら、煤で煙突が詰まっていました。 そのため、その日に追加された作業は煙突掃除。 前回の掃除から時間はそうも経っていないのに、また詰まるなんて。 いつもより掃除棒は動きづらいし。 そんなことを思いながら作業を進めていたら、煙突内で掃除棒の先端部が外れてしまいました。 それくらい大量の煤が詰まっていたと。
そもそも、今季から使い始めた薪ストーブは容量が大きく、煙突サイズも太いものが必要でした。 そのため煙突もひとまわり太いものに交換していたのですが、それでも太さは足りず。 もっと太いものが必要だったみたいです。故に煤で詰まってしまった煙突。煙突内に取り残された掃除棒の先端部でさらに詰まり。 急遽、煙突交換の仕事も追加されたというわけです。
スケジュール的にその日の午前中しか空いてなく、 にもかかわらず、その時間帯になってみれば、いつもより低気温。 煙突周りは積もった雪も多く、作業はしづらそう。 ついてないなと思いながらも、なんとか時間内に交換作業を終わらせることができました。
運が無いのかなと思う一方で、考えてみれば、低温の季節になったからこそ発生した今回の煙突不具合。 はやくに復旧させようと思えば、低気温の中での作業になるのは当たり前。 もちろん雪も積もっていると。運が無いと思っていたけど、そんなことはなく。 夏に煙突の不具合は起こるはずもなく。起こるべき時期に起こっただけのことでした。
それなのに、どうして運のせいにしてしまったのか。 思い返せば、今までも運という言葉を都合よく使ってきた気がします。 そうなってしまった原因を運のせいに。 まあまあ納得のいく答えになってくれるから、考えることもそこで終わりに。
良いことの原因もそう。 本当は小さいことの積み重ねで起きた良いことも、「運がよかったから」との言葉で説明は完結できてしまいます。 これはあまりよくなかったです。 ちゃんと原因を見ておかないと、悪いことは繰り返してしまうし、良いことは繰り返せない。 原因を運のせいにしすぎるのも良くないなと。もっとちゃんと考えないと。
そんなことを思う今日この頃です。
しいたけの原木栽培に必要な材料は、原木と種菌のみ。 植物である野菜のそれと比べると、とても少ない材料です。 土は要りませんし、肥料も要らず、農薬を使うタイミングもありません。 結果的に自然環境に配慮した栽培方法に見えますが、実際はそのための努力や工夫もなかったりします。
そのため、無農薬なことをお客さんにアピールすることは控え目に。 一応、原木栽培用の農薬のようなものはあるのですが、使うことで発生する利点と手間や経費を鑑みれば、迷うことなく使わない選択をしました。
自然環境に配慮した栽培方法を実践する。 それは尊いことだと思います。次世代へと文化を繋ぐのであれば、その環境も変わらずに贈る必要もあると思います。 ただ、自然環境への負荷を全くの無しにすることは難しいです。 いくら栽培方法が環境負荷の少ないものだとしても、それが人の営みの一部である以上、 文化の域で見れば自然環境への影響も必ず発生してしまうから。
重箱の隅をつつくようですが、そこを含めた把握も大切と。 文明が発達した現代なら尚更。仮に石器時代に戻ったとしても、環境負荷は少なからず発生してしまうと思うのです。
自然環境に配慮した栽培方法と、その文化の域で発生する環境負荷。 この矛盾は悩ましいところ。原木栽培を取り入れているだけで解決できる問題ではありません。 そのことには自覚的でいたいです。
大切なことはより良い着地点を模索し続けること。誤解を恐れずに申し上げれば、当農園では環境負荷についての優先度は最前列ではありませんが、 現状、美味しさを追求することで少量生産でも持続可能な様式を身に着ければ、文化の維持と環境配慮を両立させることができ、それが最良と考えています。
でも、もっと良い方法はあるはずです。 その方法に出会うためにも、これからも模索は続けていこうと思います。
先日、誕生日を迎えました。プレゼントは鉄のフライパン。 数年前からIHのコンロを使いはじめて、フライパンもコーティングされたものに買い替えたのですが、 あまりしっくり来なかったので、再び鉄のフライパンへ戻りたく、今回のプレゼントとなったわけです。
手を抜くと、新品でも焦げついてしまう鉄のフライパン。 日々のお手入れが必要な道具。油のなじみ具合は使い手によって決まります。 『鉄のフライパンは育てるもの』と言われていますが、ほんとその通り。 ついついコーティングされたフライパンと同じ使い方をしてしまい、さっそく焦げ付かせてしまいました。
慣れないうちは丁寧に。そんな使い方も楽しく。おかげさまで油の馴染み具合も良い感じに。 食材を焦げ付かせてしまうことも無くなりました。そして椎茸も。 フライパンで作れる椎茸料理は多くありますが、あえてシンプルに『塩しいたけ』を作ってみました。
椎茸は足と傘を切り分け、傘はそのままに、足は縦半分に切って筋切りをしておきます。 よく熱したフライパンに油をひき、傘は内側を上にして、足は切った断面を下にして焼いていきます。 蓋をして中火~弱火で5分ほど。傘は返さず、足は途中でひっくり返します。 傘の内側に水滴が出てきたら少々の塩をふって完成です。
味見のために作ることが多かった『塩しいたけ』。 味付けの塩は旨味を引き出すためのもの。口に広がる旨味は濃くて甘みを感じるほど。 食べ終わった後も風味は口に残ります。 醤油やバター、チーズを乗せるのも良いですが、当農園のグルタミン酸由来の旨味の強い椎茸なら、この食べ方が一番おもしろい。 食べ方として届けたい料理はこれでした。
フライパンで作る『塩しいたけ』、おすすめです。
先日、町のスキー場へ行ってきました。 僕を誘ったのは、今年からスノボをはじめる予定の長男。 学校の授業で滑る機会があるらしく、その前に上手くなっておきたいからとの理由で。 ときは土曜の午後から。自宅から車で5分の場所にあるのは、新得山スキー場です。
この日はオープン初日ということで、無料のリフト代。 そのため、駐車場とリフトはすこし混雑気味。 それでもゲレンデは快適で、久しぶりのスキーとなりましたが、とても楽しむことができました。
身近な場所にスキー場がある暮らしは、それだけで幸せです。 関東在住の頃は、スキーをするにも事前に予定を立てて、少なくとも1日はそれで潰れます。 『日帰り弾丸スキー』とはよく言ったもので、あれも20代だから出来たこと。交通費だけでも、そこそこ掛かります。 それに比べれば、今のスキー環境はお手軽。ボーリングへ行くくらいの気兼ねでスキーをできたりするので、本当に幸せだと。 それを長男はどう感じているのか。案外、比べるものが無いので、それが当たり前だと感じているのかも知れません。
北海道への移住を決めた理由のひとつに、子供たちに故郷を作ってあげたいことがありました。 というのも、以前の僕は短期転勤族。長男が生まれたのは茨城で、幼少は北海道と東北で過ごし、幼稚園に入ったのは奈良県。 小学校は大阪の南部と北部の2ヶ所をはしご。一体、生まれと育ちは何処なんだろうと。 それはそれで経験として良い部分もあるとは思うのですが、悪い部分があるのも確かだと思います。 どこまでいっても本人次第だとは思うのですが、親としては後ろめたい部分もあったので、転職移住による定住を後押しした部分もあったと思います。
とはいえ、子供たちにとってそれは良かったのか、もしくは悪かったのか、その答えはわかりません。 きっと、この先も分からないと思います。少なくとも、この日のスキーは楽しかったです。 長男も楽しかったらしい。でも、そこに移住の是非は関係なかったのかも知れません。 たまたま、その対象がスキーとスノボだっただけで、他所でも他所なりに楽しくやっていた気がします。 大切なことは、ここでも楽しめたこと。そう考えれば、どこでどう育めたかは分かりませんが、ちゃんと成長はしているみたいです。お互いに。
そんなことを思う今日この頃です。
2月になりました。今日も雪が降って、まだまだ寒い日が続きていますが、 日中は太陽が以前よりも高く昇ってくれるおかげで、ハウスの中は薪ストーブの効果以上に暖かいです。
陽が落ちる時間も遅くなり、仕事終わりに立ち寄る町のスーパーは明るいうちに。 またひとつ季節が進んで嬉しく思う一方で、暗い時に見た、スーパーの屋根から伸びるつららのライトアップはきれいだったなと思ったりもしました。
すこし上を向くことで見られる景色が好きです。 夜に映える照らされたスーパーのつららもそう。 水平視線とは違った世界がそこには広がっています。 思えば昔から空を見上げることは好きでした。
以前に航空祭へ出かけた際も、ベストショットは航空機のそれではなく、その上の空を飛んでいた旅客機の飛行機雲でした。 それはこの町に住みはじめてからも変わらず、青空と雲のコンビネーションを見せつけられれば、撮りたい欲求も生まれます。 幻日などの珍しい現象が現れれば尚更。ひとり空を見上げながら興奮していたことを覚えています。
榾場の景色もそう。 組んだ榾木のある森の景色は好きで、撮ることはもちろんのこと、眺めてるだけでも好きなのですが、ふと見上げた時に映る森の天井も好き。 特に葉の落ちた冬の景色は。空を隠すように針のような枝が無数に入り込んでる景色は、ついつい撮ってしまう景色のひとつです。
下ばかり見ていないで前を向いて歩こうと、そんな意味合いの標語はよく聞くもので。 他方、すぐ足元にある小さくささやかな幸せも忘れずにと、そんな意味合いの言葉もよく聞きます。 けれども、上を向いたときに入ってくる事柄もなかなかのもの。 前や下に目配りすることも大切ですが、立ち止まって上を見上げることも、ときには必要なのかなと。
そんなことを思う今日この頃です。
『本当は目標の10倍くらい欲しいのでは?』
その質問は、実施したクラウドファンディングを取材して頂いたときのもの。 さすが記者さんと思いつつも、本音は100倍くらいあっても困らないものでした。 商売をするうえで、広告はとても大切なもの。それは農業でも変わりません。 けれども巨額な広告費まで賄える売り上げをつくることは難しく。 帰するところ、農業組合に販売のすべてを任せるか、もしくは費用の掛からないSNSでの発信となるわけです。
ただ、インターネットがもたらした宣伝方法は、SNSでの個人発信だけではありませんでした。 一昔前なら、広告の出向先はテレビや新聞、ラジオ、雑誌が主流。どこも費用がかさむ媒体でした。 小規模事業者では手を出せないものばかり。けれどもインターネットは小額から行える広告も生み出してくれました。 これを試したいと思い、クラウドファンディングを計画したというわけです。
とはいえ、小額とは言ってもそこそこまとまった予算が必要。 そこを解決するためにプレミアム商品を用意しました。 商品の売り上げをその商品の広告費とし、その商品の売り上げを上げていく。 その回転の初速費用をクラウドファンディングでお願いしようと思ったわけです。
結果から言うと、あまり上手くいきませんでした。すみません。 そもそもクラウドファンディングにも広告費は必要。コミュニティを持っていないのなら尚更。 その費用は持ち出しで行ったのですが、回収はできたものの、次の広告費を賄える量ではありませんでした。 ただ、数種類の広告を試してみたのですが、一律に上手くいかなかったわけではなく、 そこそこ良かったものと0点なものが混ざっていて、その差が生まれた理由は把握できたので、 『試験運用』としては有意義なものになったと思っています。
なにより把握できたのは、思っていた以上に広告運用は難しかったということ。 考え方や気を付けるポイントは把握していたつもりでも、精度はお粗末だったと思います。 結局、足りないと思われるポイントが多すぎて、上手くいかない原因の特定もままならず。 『試験運用』の数も足りませんでした。
それでは、このクラウドファンディングが失敗だったかと言えば、そんなことはなく。 やはりやってよかったと思えるものでした。 多くの支援者さんに出会えることもできましたし、たくさんの応援コメントも頂き嬉しかったです。 『ありがとうございます』と、口に出したり文字にすることも多かったですが、そう言えることは幸せなこととも思えました。 商売に関係なく、僕の作ったものを届けられることと、それを受取ってもらえること、 それは当たり前なことではなくて、本当にありがたいことだと思います。 クラウドファンディングの目標達成に導いてくれたことは本当に感謝しております。 だからこそ、上手くいかなかったことに対しては申し訳なく思っています。すみませんでした。
そして、これは想定外のことだったのですが、クラウドファンディングのプロジェクトページを経由しての取材依頼が2件ありました。 プロジェクトページの本文は重要なポイントだったので、時間を掛けて丁寧に作ったのですが、思わぬ扶助となりました。 実は文章を誉めてくださったことも、このブログをはじめる後押しにもなっていたりします。
分かったことは、広告運用はそうとうに難しいということ。 それとインターネット越しではなく対面でのやりとりが、いかに重要であり、尊くもあるということ。 できることならば、クラウドファンディングの支援者さんとは直にお会いしてお礼を言いたいです。 そのため、今後はインターネットにおける少額広告運の試験運用は続けつつも、対面でのやりとりが可能となる広報活動を模索していこうと決めました。
その想いから、春のハンドメイドの雑貨マルシェ出店へと活動は移っていくわけです。
※ 参考までに以下がクラウドファンディングのプロジェクト文章です。
はじめまして。 十勝で椎茸農家を営んでいるタモツと申します。
この度、農園で採れる椎茸のうち、希少なLサイズ優品のものを、プレミアムな『佐幌の椎茸(さほろのしいたけ)』としてご用意させて頂きました。
さて、ありがたいことに僕の育てている椎茸は『美味しい』との声を、多くのお客様から頂いております。
おかげさまで、いつも品薄状態。
個人出荷のほか、生産組合を通して小売店へも卸させて頂いているのですが、基本的には、いつも供給不足で申し訳なく思っています。イベントへ出店しても早い時間で売り切れてしまうことも多々あります。
ですので、供給過多が叫ばれている昨今の農業界隈ですが、供給不足が僕の農園の課題だったりもします。(WEB経由での注文が少ないのは、僕の宣伝が下手だからと思っています。)
でも実のところ、僕の暮らす十勝の気候は、椎茸の栽培に適していません。
一般的な栽培方法では、全国はもちろんのこと、道内の他地域の農家さんとも同じようにはいきません。それならばと、いっそのことと、2021年から仕込む品種のすべてを旨味を追求したものへと振り切りました。
あえて、栽培のしやすさや、見込める収穫量の多さは捨てました。
それでも、そこそこの収穫量を確保できるのは、十勝の厳しい気候と、地域に根付いた栽培方法のおかげです。とはいっても、やはり生産量は少なく、つねに供給不足なのはこのため。売り手市場気味でも経済的に厳しいのが現状です。
この課題を解決するために企画したのが、このプレミアムな『佐幌の椎茸』というわけです。
農園で採れる椎茸のうち、希少なLサイズ優品のものを、プレミアムな『佐幌の椎茸』として販売致します。
・生産農家の少ない旨味重視の菌種
・稀な栽培方法に由来する風味と歯応え
・傘の大きさ7cm以上のインパクトと希少感
誰もが一度は食べてみたい、この手に取ってみたいと、そう思ってもらえるブランド椎茸を目指します。
そのため、申し訳ございませんが、日本でもトップクラスに高い価格をつけさせて頂きました。
ブランドの『認知』はこれから積み重ねていく予定ですが、『品質』はトップクラスのものと自負しております。
この『佐幌の椎茸』の販売を通して、皆様からの支援を受けたいと思います。
頂いた支援金は、さらなる資金調達のために『佐幌の椎茸』の宣伝広告費として使わせて頂きます。
他には、農園の運営や地域の栽培文化を次世代へ繋げるための費用にも使わしていただきます。
プロジェクトの性質上、一番に積み上げたいものは『佐幌の椎茸』の認知です。
支援してくださる方、お客様になってくれる方、ならない方、それらを問わず多くの方に『佐幌の椎茸』を知って頂きたいです。
ですので、直接的な支援はもちろんありがたいのですが、口コミ拡散して頂けるだけでも大変助かります。
現状、僕の『認知』を広める活動は、Webサイトの作成、リーフレットの作成、農家の参加できるイベントへの出店を行ってきました。
また、季節を問わずに出店するため、写真クリエイターとして参加できるイベントへの参加も模索しています。
もちろん、頂いた支援金で行う予定の広告の出稿先も模索しています。
そして、『認知』を広める活動の一旦のゴールは、東京でのギャラリーを貸し切った写真展の開催と成功と考えています。
ゴールを目指すときは、また別途でお願いすることになるかもしれませんが、まずは『認知』の裾野を広げることに、いまは全力で取り組みます。
何卒、応援とご協力のほど、宜しくお願い致します。
リターンについて
3,000円支援してくださった方には、農園オリジナルのポストカード6枚をお送りします。
ほぼ毎日撮り溜め続けている椎茸の写真をポストカードにしました。
シリアルナンバー入りのポストカードの6枚セットです。
ひとつとして絵柄の重複はありません。
そのため、絵柄およびシリアルナンバーの指定はできませんのでご了承ください。
クラウドファンディング終了後も同価格で販売する予定です。
※画像はサンプルイメージですので、実際の絵柄とは異なります。また色味が異なる場合がございます。
3,000円支援してくださった方には、農園オリジナルのZINE写真集を1冊お送りします。
撮り溜めた椎茸の写真で作ったZINE写真集(ミニ写真集)です。
自主制作物でページ数は32。季節を問わずに栽培される原木椎茸。個々には表情があり、ひとつとして同じものはありません。そこには見飽きることのない美しさがあります。
クラウドファンディング終了後も同価格で販売する予定です。
※画像はイメージです。実際の色味や文字とは異なる場合がございます。
4,200円支援してくださった方には、『さほろ椎茸』1kgに、オリジナルの記念ポストカード1枚を添えてをお送りします。
十勝産のミズナラ原木に5K-16菌種を植えた榾木から発生した椎茸です。 大きさや傘の開き具合の違う椎茸を無選別にお届けします。
すこし形の整っていないものも入ります。 普段使いに最適でリーズナブルな品となっております。
こちらのリターン品の記念ポストカード無しのものは、現在も同価格で販売中のものです。
支援して頂いた場合のリターン品はクラウドファンディング終了後の発送となりますので、販売中のものよりも到着には時間がかかることをご了承ください。
また、リターン品の性質上、収穫量は自然環境に左右されますので、プラスしてお届けまでにお時間を頂く場合がございます。
商品名:さほろ椎茸 産地:北海道上川郡新得町(十勝) 重量:約1.0kg 規格:優良品S~Lサイズ混載(傘3cm以上) 消費期限:到着から4~5日程 保存方法:冷蔵
※画像はイメージです。実際の個数や傘の開き具合、色味とは異なる場合がございます。
6,800円支援してくださった方には、『佐幌の椎茸』をお送りします。
十勝産のミズナラ原木に5K-16菌種を植えた榾木から発生した椎茸です。
榾木は森の中で1.5年以上の時間をかけて腐朽させました。 栽培に必要な水は日高山系からの地下水を利用しています。
貴重なLサイズの優品だけを選別しました。オリジナルのポストカード1枚も同梱します。
リターン品の性質上、収穫に自然環境に左右されますので、お届けまでにお時間を頂く場合がございます。クラウドファンディング終了後も同価格で販売致します。
商品名:佐幌の椎茸 産地:北海道上川郡新得町(十勝) 個数:4~6個 規格:優品Lサイズ(傘7cm以上) 消費期限:到着から4~5日程 保存方法:冷蔵
※画像はイメージです。実際の個数や傘の開き具合、色味とは異なる場合がございます。
12,000円支援してくださった方には、写真作品を額装してお送りします。
2LサイズのILFORD社製マット紙に顔料インクジェットプリンターで印刷した写真作品です。
SNSやイベントでは、食材としての『美味しそう』という、普遍的な感想の枠から抜け出した声も多く頂いています。
作品の裏面にはサインをいれさせて頂きます。
クラウドファンディング終了後も同価格で販売する予定です。
※画像はイメージです。実際の色味や作品とは異なる場合がございます。
30,000円支援してくださった方には、ミニ写真展の開催権をお渡しします。
このリターンは、一般に開放できるスペースをお持ちの方限定とさせて頂きます。
額装写真11枚、説明パネル1枚、配布用のリーフレットを送りますので、ミニ写真展を開いてください。
スペースは廊下や飲食店の壁等でも構いません。開催に掛かる費用が発生する場合は自己負担でお願いします。およそ1~2週間をめどに開催して頂けたらと思います。
詳しい開催日時はクラウドファンディング終了後に打ち合わせて頂きます。
※入場料等のいる有料スペースでの活用や営利目的での開催はご遠慮ください。開催後は、送ったものの返送をお願いします。また、反社会勢力、宗教団体、政治結社、マルチ商法、ネットワークビジネス等に関与されている場合は、当リターンの利用をお断りいたします。リターンの誤選択や、やむを得ずキャンセルされる場合は支援金の返金に応じますが、クラウドファンディング手数料を差し引いた額になりますことをご了承ください。
スケジュール
10月中旬 クラウドファンディング終了 10月中旬以降 順次リターン発送を開始
資金の使い道
リターン制作費:約5万円 『佐幌の椎茸』広告費:約7万円(クラウドファンディング広告費含む) 手数料(17%+税):約2.8万円
最後に
誤解を恐れずに言えば、今の僕は幸せな毎日を送らせて頂いてます。
重労働でも、淡々と独りで作業をこなす毎日は居心地がよく、加えて、大好きな写真にも向き合い続けられる時間は無限で。できることならば、こんな毎日が永遠に続けばいいなと思っています。
けれども、実際は難しく。業界の情勢的にも、僕の農園が独り勝ちしても、続けられないところまで来てしまったと思っています。
『地域の栽培文化を次世代へ繋げるための費用にも使わしていただきます。』
この一文は、上記の支援金の使い道として書かせて頂いたものです。僕がしいたけの栽培を続けるためには、栽培文化を次世代へ繋げられるほどに業界全体が活性化している必要があると考えています。
具体的には、しっかりと稼げる林業、安定運営の生産組合、常識価格で良質の食材が安定供給される飲食店、等々。それらを実現できるのも、サプライチェーンの内にいる農家の強みだと思っています。
ファンに支えられている椎茸農家が、真の適正価格で原木を仕入れ、それを押し付けない価格で卸す。
あくまでも夢のような理想論で『甘すぎる』とお叱りの声が聞こえてきそうですが、僕の実現したい世界観はそんな流通の仕組みです。この世界観にすこしでも近づくために、今回のクラウドファンディングを立ち上げました。
以下の文章は、リーフレットからの抜粋です。
ーーーーーー
当農園は原木椎茸文化圏に関わる人々の輪を大切にしていきます。原木椎茸文化圏とは、林業者様から小売、飲食店様までのサプライチェーンに加えて、地元自治体および消費者である皆様までを含んだ文化圏を称します。当農園のロゴは井桁積みにした原木をモチーフに、「原木椎茸文化圏の輪」をイメージしたものとなっております。この輪を元に、十勝の原木椎茸文化が次世代へと繋がるよう心から願っております。
ーーーーーー
もし、この想いに共感して頂けたならば、応援や協力のほど、宜しくお願い致します。
先日、関東の実家に住んでいる母からLINEが来ました。 いつもより興奮気味に書いたと思われる内容は、雪が積もったことの報告。 寒いとか大変とかのぼやきの割には文字も弾んでいるようで。 隠居生活をしているので、おそらく予報通りの積雪量なら実害はないと。 そう思ったのでこちらも安心なのですが、一応外出は控えるようにとの旨を返信しておきました。
母の気持ちはとても分かります。 雪の少ない関東の中でも、神奈川県の南部は本当に雪が降り難い地域です。 そこでの積雪は非日常。誰でも心は少しばかり踊ると思います。 僕も子供の頃は雪が積もるとはしゃいでいました。 いえ、大人になってもはしゃいでいました。 大雪の降った日、仕事場へはかなり早く着いて上の人から褒められたりもしていたのですが、 実のところ早く雪景色の中を通勤したかっただけでした。
はじめての独り暮らしは山梨県の河口湖町だったのですが、 それも雪の積もる場所だったので即決した記憶があります。 転勤先も北へ北へと希望を出したのはそのため。 もちろん雪のある暮らしは大変ですが、それを越えてくる想いもありました。
暮らしの中にある雪は特別です。 旅行先で目にする雪とは違うもの。 春夏秋の暮らしを経験しているからこそ、その地の雪化粧は特別になるのです。 ですので、母から送られてきた雪景色は白い部分も少ないのですが、十勝の雪景色に劣るものではありませんでした。 雪国の暮らしを経験してきた僕だけれども、やはり生まれ育った知っている場所の雪景色は特別なものでした。
この感覚は関東から北海道へ移り住んだ僕のもの。 それでは、北海道で幼少を過ごした子供たちは、大人になって他地域に暮らしたらどう感じるのだろうか。
そんなことが気になる今日この頃です。
直売所を閉めてから随分時間が経ちました。 それでも当時のお客さんからは稀に今でも連絡が入り、椎茸を買ってくれてます。 そんな注文が立て込む時期は5月連休、お盆休み、年末年始。 長期の休みになると離れたご家族も戻ってくるようで、そのときのもてなしに当農園の椎茸を必要としてくれてます。 「おいしかった」と言われることは嬉しいのですが、「喜んでくれた」はもっと嬉しかったりするのです。
けれども、口約束や暗算を用いる販売形態のため、トラブルも過去に数回ありました。 みな優しいお客さんだったため、大事に至ることもなかったのですが、今に思えばいろいろと不備があり申し訳なく思っています。 それでも、トラブルを経験するたびに対策も増えて、いつの間にかしっかりとした体制を整えることができました。 まだまだ見知らぬトラブルの種もあるとは思いますが、一般公開できるほどになり得たと。 そう思えたので、予約制ではありますが直売所を再開させて頂いたというわけです。
直売所を再開させたいと思いはじめたのは、2023年の夏にイベントへ出店しはじめてから。 イベントで出会ったお客さんからは、イベント外での購入方法もよく質問されます。
そんなときは組合経由で卸しているスーパーの名前を答えとしているのですが、少なからずそうではない答えを求めてられる方もいて。 やはり対面に近い方法で購入できる方法を求められてるのかなと。 そんなこともあったので、いつしか直売所の再開を考えるようになりました。
再開にあたっての問題点は3つ。ひとつは直売所の運営費用。 そこは予約制にすることで解決させて頂きました。 予約の無い日は運営しないため、掛かる経費も抑えることができます。 また、直売所と言いつつも、実際は軒先販売です。 旧店舗の選別所で商品の受け渡しをするので、そこでも経費を抑えることができました。
問題点のふたつ目は、予約で生じるトラブルの発生です。受け渡し時間の記憶違いや、商品価格のミス提示。 以前にも起こっていたトラブルですが、これは受け渡し時間の固定化と、商品の量と価格の一元化で解決いたします。
3つ目の問題点は集客方法。 ただ、これは前述の対策で運営費用を限りなくゼロに出来ていることもあるので、集客不足のままでも良いと思っています。 この直売所の目的は、第一にお客さんの要望に応えること。イベント外でも対面で購入できる窓口を用意しておくことが目的。 そのため最低限の告知は行いますが、積極的に広告を打つ必要性はないと考えています。
もちろん、ここで稼ぎたい気持ちはありますが、それ以上に農園の窓口として直売所を用意しておくことが大切なのではないかと思っています。 上手く言語化は出来ませんが、仮に農園の運営が直売所を設けなくてもよい状態だとしても、 お客さんを迎えられる常設の窓口は、農家として必要かも知れないと思うのです。
それ故に、今年(2024年)に入ってから直売所を再開させて頂きました。 予約制のためお手数おかけしますが、御用の際に連絡して頂けたらと思います。
追記:申し訳ございませんが、直売所は2024年9月に再び閉鎖させて頂きました。ご理解の程、宜しくお願い申し上げます。
毎日のごはん作りは大変です。 正確にいうと、ごはん作りに関わる時間の調整が大変。 献立を決めるのも、買い物を済ますのも、ごはんが出来上がるのも、すべてにあるのは締め切り時間。 余裕をもって取り組みたいとは思うものの、他の仕事もあるので上手くはいかず。 時間に追われることも多々あります。 そのため、長い時間を有する料理を作れることは稀。 振り返ってみれば、最近は前日に仕込みの必要な料理を作っていなかったりもするのです。
出来ることなら、毎日の料理も心に余裕をもって楽しみたい。 思いのほか、体は疲れていても心に余裕は在るもので。 この日は睡眠時間を削ってビーフシチューを作ってみました。
こども達が寝静まってから牛肉を切りました。 フライパンで焼目を付けていきます。 焼き終わったら鍋に移し、フライパンは洗わずに火にかけバターを落とします。
バターが溶けたら薄切りにしたタマネギを炒めていきます。
タマネギは黄金色になるまでよく炒めます。
小麦粉を加えてさらに炒め、ホールトマトを追加。 煮込みながらホールトマトを崩して、牛肉の入った鍋へ。 赤ワイン、バルサミコ酢、胡椒、塩、バジル、オレガノ、ローズマリー、ローレルを加え、弱火で煮込みます。 20分ほど煮込みましたら、鍋ごと保温機へ。 次の日の朝、もう一度火を入れて、再び保温機へ。 夜ごはん前に温め、付け合わせを添えたら出来上がりです。
おいしかったです。お肉も柔らかく、ほろほろ食感。 酸味がすこし残っていて、若干コクよりもキレが勝っているところが家庭料理っぽい。 でもそれがいい。 均一ではない舌触りもそう。ごはんのお供に箸で頂きました。
すこし大変でしたが、やはり長い時間を有する料理はおもしろい。 心に余裕がないと出来ないと思っていましたが、間違っていたみたいです。 正確には、長い時間を有する料理を作ることで心に余裕も生まれます。 いろいろと苦労の絶えない農園の運営。 今後は、行き詰まったときにこそ、長い時間を有する料理を作ってみようかと。
そんなことを思う今日この頃です。
前職でも、単純な反復作業を任されることは多かったです。
そんな仕事を素早く消化するコツは、あまり集中し過ぎないこと。 やはり長時間の作業では心も疲れてしまうので、集中力に頼ることはできません。 それよりも積み重ねた経験を信じて、体が覚えていることを淡々と出していく。 そのとき頭は目の前の作業からすこし離れて、例えばその日の晩ごはんの献立を考えてるくらいが調度いい。 さすれば自然とミス無く手早く仕事は片付くもの。
そんな仕事の進め方をしていたので、割と単純な反復作業は好きでした。
逆に、何かを考えるときは単純作業をしている方が良かったりもします。 これも前職での話なのですが、難題を任されたときはいつだって自ら単純な反復作業へと。 会議室ではなくトイレや散歩中に良い案が浮かぶ話はよく聞きますが、僕の場合は単純な反復作業中に良い解決策が浮かぶことも多かったです。
それは就農してからも。 決断を迫られるときや問題が起きたときもそう。 次の一手が欲しいときも単純な反復作業は頼りになる味方です。 農家の仕事にはそうした作業が多いので無くて困ることも無いのですが、僕との相性的には料理も中々のもの。
他のことを考えながらごはんを作ると頭の中の整理がとてもよく進みます。 頭の中の余計な場所に、料理に関する考え事を詰め込んでいく感覚。 あまり褒められた作り方ではないと思うのですが、何かを考えたいときは料理をしながらなことも多いです。
その日もすこし考え事がありました。どうしたもんかなと。 すこし難題だったので、複数の料理を詰め込んでみました。 焼豚の仕込みをしつつ、丸パンを焼いて、その日の夜のメインはクリームシチュー。 キッチンの香りはすごいことになってしまいました。
クリームシチューの具は次の通り。 鶏モモ肉、じゃがいも、にんじん、たまねぎ。そして椎茸。 牛乳で沸騰しないように煮込んでいきます。
余談になりますが、当農園の椎茸は時期にもよりますが時間が経っても腐らずに乾いていくことも多いです。 乾き過ぎると食すには適さないのですが、少々の乾きなら問題なく使用できます。
クリームシチューに使うデシャメルソースはバターと小麦粉、牛乳で作りました。
クリームシチューは椎茸の旨味を味わえる一品となりました。 味付けは塩のみ。焼いた丸パンと共に頂きました。おいしかったです。
焼豚は次の日に頂きました。 こちらも美味しかったです。
メニュー的にお腹まわりが心配になりましたが、とても楽しい料理となりました。 考え事にも目途が立ち、次の日からは通常運行。新たな仕事も増えましたが、それも嬉しいこと。 そんなことを思えたのも料理のおかげ。あまり上手くはなく失敗することも多いですが、料理が好きでよかったです。 毎日淡々と行っているごはん作りですが、その恩恵は思っている以上に多いかもしれません。
そんなことを思う今日この頃です。
就農したての頃、とあるプロジェクトの発足を数人で話し合いました。 町の原木しいたけ栽培文化の再興計画。 このままでは廃退の一途は確実という考えの元で再興戦略案を出し合っていました。
結果から言うと計画は白紙に。 そもそも矢面に立てる人が不在でした。 僕も矢面に立てなかった内のひとり。 やはりプランを出せる人は多くても、プレイヤーになれる人はいなかったというわけです。
これからの農家は主人公になれるプレイヤーが強いと言われている昨今。 小規模農家なら尚更。 そのため僕も少しづつですが、矢面に立つ場面を増やしてプレイヤーに近づこうとしている反面、 プランナー的な役割を果たしているときはどこか居心地も良く感じてしまいます。
本音を言えば裏方でいたい。 前職でもそうした役割が合っていました。 お客さんに「おいしかった」と言われるよりも「喜んでくれた」との言葉の方が嬉しいのも、きっとそのため。 自分がガッツポーズを出すよりも、サポートした相手のガッツポーズを遠目から眺めてニヤッとしたいです。
考えてみれば、僕の作る椎茸も同じ節があると思っています。 裏方ではありませんが、コース料理などのチーム戦になると主役の席には座れません。 やはり肉魚にはもちろんのこと、甘味のある果物や野菜にも勝てません。 どこまでいってもチームを支える脇役だと思っています。
でもそこに悲観的な想いはありません。 僕の作る椎茸は強い名脇役だと思っています。 主役になれる食材を使ったメイン料理が美味しいのは当たりまえと、 その世界戦では脇や縁を固める食材が重要ではないでしょうか。 お通し、前菜、付け合わせに箸休め。 そこで力を発揮できるのが僕の育てている椎茸だと思うのです。
その日の夕食はチキンハンバーグ。大根おろしを乗せて市販のポン酢で仕上げました。 付け合わせは椎茸のソテー。味付けはシンプルに塩のみ。 椎茸の旨味を引き出す程度の塩味にしました。
ハンバーグも美味しいけど、椎茸も美味しい。 けれども記憶に残るのはハンバーグ。それでいい。それがいい。 僕の椎茸は飲食店様にも定期的に卸させて頂いていて、 そこでのお客さんからの椎茸に対する高評価は嬉しいのですが、それがお店への高評価に繋がればもっと嬉しい。 知ればきっとニヤッとしてしまいます。
あの震災から13年が経ちました。 あのとき僕は仙台の中心部で働いていましたが、 今に思えばその2日前の「前震」のおかげで冷静な動きが出来たと思っています。
地鳴りの伴う揺れは危険。あきらかに縦揺れと分かる揺れも危険。 なにより揺れはじめた後に緊急地震速報が届いたときは、大きな揺れの来る前兆と知り得ました。
「前震」のときは皆が一旦仕事を止めて集まったから、あの本震の時も躊躇なく仕事は止めれたのだと思います。 その後も慌てることなく建物の外へ。しっかりと靴も履き替えて。
けれども、冷静と思っていた行動も、振り返ってみれば単に正常性バイアスが表れていただけかもしれません。
揺れているのでバランスをとるのは難しかったですが、不思議と慌てることなく廊下を走ることもしませんでした。 階段を下りるペースもいつもと同じ。 壁に亀裂が入り、そこから砂煙が噴出していたところもありましたが、どこか他人事のように見ていたと思います。 建物の何処かで水道が破裂したのか、水の吹き出す音が聞こえてましたが、とくに何も感じず。 この焦りや恐怖を感じなかったことが、今になって思えば少し怖いと感じてます。
揺れが収まってからは考えさせられる機会が幾分にも増えました。 こんなにも自分で決断しないといけないことがあるのかと。 いつもなら現場に漂う空気感的なものを参考にできますが、それが消えているので正解らしい正解も本当に分からず。
「あたりまえ」とか「ふつう」が通じない状況になると人の個性が強く浮き彫りになって、 僕だけかもしれませんがギスギスした時間も格段に増えたと感じてました。
そのような心労的なものも含めても大変でした。 あの震災で「絆」という言葉が再考されましたが、単に皆で頑張った結果の絆ではなくて、 いつもより皆の本心が出てしまう状況下で頑張った結果の絆だから、再考もされたのかもしれません。 トラブルは組織を強くすると言われていますが、本当にそうだと思いました。
ただ、それでも災害はない方がいい。だからこそ、今の不自由ない暮らしの日々にも感謝したい。 そんなことを想う今日この頃です。
『形が悪くても味は変わりませんか?』
これもお客さんからよく頂く質問です。結論から言うと『味は変わりません』。 ただ、劣化が早かったり、一度の収穫で変形の量が多かったときは味が落ちることもあるので、 一概に『変わらない』とは言い切れなかったりもします。
そもそも、なぜ変形した椎茸が生まれるかと言いますと、理由は大きく分けて2つあります。 ひとつは発生環境によるもの。椎茸が榾木から生えてくるときに、 隣の椎茸とぶつかったり、別の榾木や棚などに当たってしまうと、きれいな形には成長できません。 それに加えて暑かったり、湿気が多かったり、暗かったりすることでも、変形してしまいます。 傘の厚さが薄かったり、全体的に黒ずんだり、傘の大きさに比べて足が長かったり。 収穫のタイミングを逃して傘が開ききってしまった椎茸も、当農園では変形したものとして扱っています。
変形した椎茸が生まれるもう一つの原因は、榾木の休養不足によるもの。 椎茸が榾木から生えるには、榾木の中で椎茸の元となる「原基」が作られる必要があるのですが、 その工程となる休養が不十分ですと作られる原基も未熟なものとなり、榾木から生える椎茸も変形してしまうというわけです。 また、効果的な休養時間を設けられるのは、充分に榾化が進んだ榾木のみ。 いくら休養に時間と手間をかけても、榾化が甘い榾木には意味が無かったりもします。
このように様々な理由で形が悪くなってしまう椎茸ですが、大幅に味が変わってしまうものは、 湿気が多い環境で育ったもの、収穫のタイミングを逃して傘が開ききってしまったもの、そして榾木の休養不足によるもの。 それ以外の変形は、あまり味の違いも生まれません。
そのため椎茸は形の良し悪しで味の良し悪しを見極めることが難しかったりするのです。
とはいえ、すこしくらい味の変わる変形をしていても、おいしいのが原木椎茸。 商品にならない「はね品」を自家消費することもあるのですが、そのとき作るのは「きんぴら」。
大量に消費できる点も選ぶ理由のひとつですが、形を問わずにおいしく食べられる点で選んでる側面も大きいです。
椎茸は薄くスライス。足も同じようにスライス。 油を引いたフライパンで軽く炒めます。砂糖、味醂、醤油を加えて煮詰めれば完成です。 本当は唐辛子を入れるのがきんぴららしいのですが、我が家では入れません。 辛いものを必要としてない節もありますが、唐辛子は常備していないので、いつも入っていないというわけです。
変形椎茸で作る「きんぴら」、おすすめです。
春分の日が過ぎました。春のお彼岸も真っただ中。「暑さ寒さも~」と言われますが、ほんとにその通りで、ハウス内の気温も日中は暑すぎるほどまで上がるようになりました。
けれども、外の残雪はまだまだ深く。榾場を長靴で歩いてみようと思えば、膝上まで埋まるほど。溶けきるにはもう一段階の暖かさが必要みたいです。
日本は四季の豊かな国と言われていますが、それを強く意識する季節は、今のような冬と春の境目な時期かもしれません。新緑の夏や紅葉の秋も捨てがたいですが、冬から春への移行はその変化を感じる分だけ強く感じます。「三寒四温」という言葉を必ず意識してしまうのもこの季節。雪深い冬よりも、花咲く春よりも、季節が移り変わるこの時期に、年で一番の四季を感じてしまうというわけです。
ただ、景色はあまりよろしくなく。観光客が減るのもこの時期なのかと。心惹かれる十勝の広大な風景はいつもと変わらずそこにあるのですが、正直、雪解け途中の大地はすこしみすぼらしく感じてしまいます。
『とにかく遊ぶ』。そう決めていたので、この町を撮り尽くすことを目標にしていた十勝に移り住んでの1年目。カメラはPENTAX67Ⅱ。フィルムは中判ブローニー。リバーサルとモノクロの比率は8:2くらい。おそらく忙しくなり、フィルムで撮る余裕はなくなると見込んでの目標。 1枚のクオリティは低くなってしまうから、あまり褒められたものではないと分かりつつも。
今に思えば儀式的な撮影だったと思います。実のところ2年くらいは続いてました。でもそのおかげで今の写真に辿りつけたのは事実。手前味噌にはなりますが、良い目標で良い経歴になったと思ってます。
そんな写真群の中には、もちろん雪解け季節の写真も含まれています。あまり美しくないなと思いつつも、その撮影の背景を鑑みれば、ふしぎと良くも見えてくるもので。写真ってのは難しいなと。
そんなことを思う今日この頃です。
『かわいいですね』
これも皆さんからよく頂く言葉です。 SNSではもちろんのこと、イベント時も展示した椎茸を見てそう口にするお客さんは多かったです。
軸のことを足と呼ぶように、きのこには人の姿を想像させる節があります。また、古くから妖精と紐付けて語られることも多かったきのこ。『菌輪(きんりん)』と呼ばれる輪状に発生する現象も、『フェアリーリング』という名前が付けられています。それらも「かわいい」と思ってしまう理由のひとつかも知れません。
ところで、「かわいいと思うものは?」と聞かれれば、僕が思いつくの赤ちゃん。理由はわかりませんが、やはりかわいいと感じます。以前に誰かから聞いた話なのですが、かわいいと感じるには具体的な理由があるそうで、それは体のパーツの比率がそう思わせるのだとか。
眼の中にある水晶体は、成長や交換もされない「一生もの」の大人サイズなので、赤ちゃんの小さい顔の中では大きく感じられます。また、脳も体より早く成長するので、大人と比べると頭と体の比率で大きく感じます。それに加えて、人は加齢によって目や鼻などのパーツは中央に集まる性質がありので、幼い赤ちゃんは顔のパーツとパーツの間は離れています。
つまり、赤ちゃんは目が大きく、頭が大きく、顔のパーツ同士は離れていると。おそらく、それらを見て「かわいい」と思うそうです。
人に限らず動物の赤ちゃんを見ても「かわいい」と感じるのは、この性質が進化の早い段階で備わったからではないでしょうか。「かわいい」と思ってしまうものは守りたくなるもの。そんな想いは種を越えて受け継がれているのかも知れません。
そこへいくと、きのこで「かわいい」と思うのは、やはり足が短くて頭の大きいもの。頭の形も、人の姿に似た丸いものにそう強く感じます。そして体の小さいものに対しても。
もしそうだとすれば、写真の撮り方によって「かわいい」を演出できるのかなと。つまり、足と頭の比率、頭の丸さ、体の小ささを感じ取れる写真に仕上げれば、かわいいキノコの写真は撮れると。どうなんだろう。
そんなことを思う今日この頃です。
先日、ビニールハウスに寒冷紗を掛けました。寒冷紗とは日光を遮る黒いシートのことで、ハウス内の気温を下げる目的で使われています。毎年、4月に入ると寒冷紗の出番がやってきます。外の気温が20℃前後まで上がると、ハウス内の気温は40℃に達することも珍しくありません。椎茸栽培における最適気温は25℃前後なので、気温を下げる必要があるというわけです。
以前は5月連休頃に掛けていたそうです。けれども現在は4月の中旬が目安。 3月の下旬でも掛けたいと思うことはあり、ここら辺にも気候変動の影響が現れています。
それなら早めに掛けておけば良いと思っていたのですが、十勝ですと4月の下旬頃まで大雪の可能性があるので、そうもいかないのが現状。ハウスに寒冷紗を掛けた状態で大雪が降ると、積もった雪が滑り落ちなくなるので、雪の重みでハウスが倒壊してしまう恐れもあります。
そのため慎重な見極めが必要になってくるのですが、これは正直『運』によるものが大きいです。以前に、4月の上旬に寒冷紗を掛けたことがあるのですが、その年は4月の雪が多く、結果的に寒冷紗を掛けたり外したりを3回も行ってしまいました。
寒冷紗を掛けずにいると、ハウス内の気温はあがり、椎茸の発生は止まってしまいます。湿度も40%を下回り、すでに発生している椎茸の傘もひび割れてしまいます。そのため収穫量は落ちるのですが、春は収穫量の落ちる要因が他にも多くあって、原因を特定することが難しかったりもします。
そのため、原因を特定してから対策を講じるのではなく、可能な対策を数多く行うことで原因を特定していく方法を取っています。一番に発生が期待できるロットの榾木を使うのではなく、発生操作が可能であるロットの榾木を全て試してみる。そうすることによって、テスト漏れを防ぎつつ、最適な榾木を選んでみました。結果、今期は2番目に期待できるロットの榾木を前倒しで使うことに決めたというわけです。
テスト発生を行ったため、短期とはいえ収穫量はさらに減ると思われます。けれどもこれが一番の近道だと。「急がば回れ」という言葉がありますが、本当にその通りだと思います。
とは言え、この時期は植菌を最優先にしたいので、本格的な増産体制は5月以降。焦る気持ちもありますが、こつこつと毎日の出来ることをしっかりとこなしていきたいと。
そんなことを思う今日この頃です。
今年も植菌作業がはじまりました。残雪の多さから遅れ気味だった玉切り作業。それも4月の初旬には終わり、そのままの流れで植菌作業に入りました。本来は4月1日から植菌作業を始めたかったのですが、自然環境の気まぐれには勝てないので、仕方ないと諦めていたわけです。
そんな植菌作業とは、原木に椎茸菌を打ち込む作業のことです。原木に直径2.7mmの穴を開け、そこに椎茸菌が培養されたおがくずを詰めていきます。詰めたおがくずは、そのままだと乾燥してしまい、椎茸菌は原木へ乗移る前に死滅してしまいます。そのため詰め終わった穴には蓋をする必要があるのですが、「成型駒」と呼ばれるおがくずの塊にはスチロール製の蓋が付いているので、別作業で蓋をする必要が無くとても便利です。
原木に開ける穴の数は農家さんによって異なります。植菌作業の目的は原木に椎茸菌を入り込ませること。ゴールは原木の隅々まで椎茸菌が入り込むことです。それまでには早くても1ヶ月は掛かります。遅いと2ヶ月以上も掛かり、その間に別の菌が入り込んでしまうこともあります。そのため、早くに椎茸菌が隅々まで入れることを求められるのですが、その手段として穴を増やすという選択肢があるというわけです。理論上、穴の数はひとつでも良いのですが、別の菌よりも早く原木の隅々まで入り込ませるため、40個程度の穴の数がスタンダードと思われます。ただ、穴の数を増やすと『そこから椎茸が発生しやすい』というメリットもあるので、40~60個の穴を開ける農家さんも珍しくありません。
そこへいくと、当農園は原木一本当たり、平均27個の穴を開けさせてもらってます。「成型駒」ひとつの値段は安いのですが、量が多くなるとその価格も無視はできません。また、穴を減らすと作業量は減り、この削減量も無視することはできないのです。ただ、穴の削減のしわ寄せは「仮伏せ」と呼ばれる原木の隅々まで椎茸菌が入り込む工程に及びます。
そのため、当農園では「仮伏せ」を丁寧に進めることで、すばやく椎茸菌が原木の隅々まで入り込むことを促しています。具体的には、原木を乾燥させずに、一方で徐々に乾燥させていき、最後の仕上げで水を多く含ませます。なに言ってるのかよく分からないと思いますが、この方法で仮伏せを行うと最速で原木の隅々まで椎茸菌が入り込み、椎茸の発生量が期待できる強い榾木へと育っていきます。すると、穴以外から発生する椎茸も多くなるので、ここでもまた穴を削減できる理由が生まれるというわけです。
昔から榾木に打ち込まれた駒の数で農家の栽培方法や運営スタイルが分かると言われています。当農園の強みは栽培効率です。その証拠が榾木の穴の数にあるというわけです。
先日、春の植菌作業が終わりました。 3年連続で遅くはじまった作業ですが、蓋を開けてみれば過去一番の早さで終了。調達できた原木が少なかったこともあるのですが、作業スケジュールを変えたことも大きかったと思います。
今季は土日を返上して作業にあたりました。その代わりに1日あたりの作業を減らす。そうすることによって1週間当たりの作業量を微増させました。ただ、雨で寒い日は休ませてもらったので、劇的に早くなることは無かったのですが、結果的に過去一番の早さで終わらせることができたというわけです。
それでも、気が付けば農園の景色も変わっていました。毎年、雪解けから緑が生い茂るまでの期間は植菌作業に追われます。景色の変化を楽しむ余裕が無いのが本音。ハウスに日除けの寒冷紗を掛けたり、車は夏用タイヤに履き替えるのもこの季節。その変化も楽しめるものだとは思うのですが、植菌作業に追われてそれどころではなかったりもします。
そのため、植菌作業が終わると季節が飛んだ感覚に襲われます。除雪に追われてたはずなのに、いつの間にか草刈りに追われている。そんな感覚もこの季節の風物詩となりました。
草刈りからはじまる夏の作業。発生操作も夏仕様へ。冬と比べると倍の量を仕込みます。収穫量も2倍に。後回しにしていた作業も、ここで片付けます。
そして、デスクワークが捗る季節でもあります。雨の日は無理せず自宅でPCに向き合うことも多いです。昨年は公式サイトやイベント準備を行っていました。一昨年はNFTへの挑戦も。その前年は直売所のテコ入れに明け暮れ。なんだかんだでPCに向き合ってきました。
それで今年はというと、特に何もなかったりします。ただ、植菌作業中からはじめた試験的なものがあり、PCに加えてスマホに向き合う時間が長くなってたりもします。このブログの更新が乏しくなったのもそのため。今後どうするか決めていませんが、もうしばらく試験的なものを続けようと思っています。
結局、今年も例年通りの5月末。やれることはやっておきたい。そんなことを思う今日この頃です。
原木椎茸とは原木で栽培した椎茸のことです。90cm程の長さに切りそろえた原木に、椎茸菌を打ち込み、原木を榾化させて椎茸を発生させます。
当農園はこの原木椎茸を栽培し、市場に流通させることによって、原木椎茸の持つ美味さや美しさ、調理する楽しさを世界に示したいと思っています。そして原木活用による森の循環や、食の文化の長期的な発展や普及に貢献していきたいと思っています。
菌床椎茸は、原木を細かく砕いた「おがくず」に、栄養源として「ふすま」や「こめぬか」などを添加させ、ブロック状に固めた「菌床」で栽培された椎茸です。
収穫までの日数が短いこと。ブロックの扱いが容易なこと。自然環境に左右されない栽培方法が可能なこと。 どれをとっても「原木椎茸」よりも生産効率がいいので、国内の椎茸農家さんの9割以上が、菌床栽培を選ばれています。 一方で、「原木椎茸」は名前のとおり、原木を使って栽培します。 収穫までに1〜2年の時間が必要なこと。原木の扱いが重労働なこと。自然環境に左右されやすい栽培方法なこと。 そのため、ほとんどの農家さんが「原木椎茸」の栽培から離れていきました。
それでも「原木椎茸」を栽培する意味は?と聞かれたら、答えは想像されているとおりで、味が美味しかったりします。 菌床椎茸も、原木から作られた「おがくず」で栽培されているのですが、栄養源の大部分は原木ではなく「ふすま」や「こめぬか」です。
「椎茸菌」が酵素をつかって原木から栄養をとるには時間がかかるのですが、「ふすま」や「こめぬか」などからは短時間で栄養をとれます。 それが収穫までの日数が短いことにつながるのですが、やはり栄養源の違いは、椎茸の味にも大きく関わってきます。
また、自然環境に左右されない栽培方法ですと、椎茸の成長もスムーズに速く進むのですが、味の成熟はおいてけぼりなことも多く、そこは他の野菜と同じ。 「原木椎茸」のように無理なく自然に育てられた農作物は、味も美味しくなります。
ただ、収穫までに時間がかかることは、自然界では普通なこと。 無理なく、自然に、普通に。 そうして育てられた「原木椎茸」が特別においしいのではなく、本来の味をたのしめるだけであって、 ちょっと生産効率をあげた「菌床椎茸」が変り者だったりするのです。
それでは、すべての「原木椎茸」が「菌床椎茸」よりもおいしいのかと思ってしまいますが、そうでもなかったりします。
「菌床椎茸」も、おがくずの元となる原木の選定にこだわりを持ち、栄養源も自然栽培されたものを使い、 薬品類はあまり使わずに、時間と手間を惜しまず栽培されている農家さんも存在します。 そうして育てられた「菌床椎茸」は、オーガニック認証を取得されているものもあり、味もおいしいと言われています。
一方で、たしかに「原木椎茸」はおいしいのですが、生産効率を高める技術もあるため、栽培方法によっては味が犠牲になることもあると考えています。
他の農作物と違い、無農薬でも収穫量が見込めることから、「原木椎茸」という言葉に、自然栽培やオーガニック食材のイメージを持ってしまいますが、 認可されている農薬や、「増収剤」とよばれている生産効率をあげる薬品も存在するように、 「原木椎茸」であっても、いわゆる自然栽培のイメージとは違う方法で栽培することも可能です。
基本的には「菌床椎茸」よりも「原木椎茸」の方がおいしいですが、 生産効率を高めた「原木椎茸」は、手間暇かけてつくられた「菌床椎茸」に負けてしまいます。 でも、手間暇かけて育てた「原木椎茸」は、限りなく丁寧に育てられた「菌床椎茸」にも決して負けません。 やはり、よりおいしく育つ可能性については「原木椎茸」の方が圧倒的に上と考えています。
当農園の栽培する原木椎茸は、十勝の原木と気候を地域に根付いた技術で成り立っています。地道な日々の労力はもちろんのこと、知識と経験に基づいた判断も必要とされています。
原木椎茸は市場に出回っている一般的な椎茸よりも高い品質が魅力とされています。その栽培方法は歴史的であり希少的でもあります。背景には原木調達に関する森の循環を含む里山問題と、高い旨味成分で食文化を支えている姿も垣間見れます。
椎茸の原産地はインドネシアの高山地帯とされています。そこと日本の平野部では気候が類似していることから、全国各地で栽培されています。
そのため、寒さの厳しい北海道の十勝地方でも栽培は可能なのですが、決して適している地域とは言えません。
他地域と同等の農業経営をしても利益率を上げることは困難と思えました。そのため、品質に重点を置く経営方針をえらびました。
椎茸の品質を高めるために注目した要素は以下の通りです。
・十勝の寒冷な気候
・美味しさ重視の菌種
・地域に根付いた栽培技法の再現
十勝の夏は涼しくも、冬は厳しい寒さが訪れる地域です。そのため、椎茸菌の活動も弱く、露地での榾木育成も、2夏経過の1.5年もの時間が必要となります。ハウス内の加温環境ならば、9ヶ月で育成を終わらせることも可能ですが、品質を求めるならば、時間をかけた育成が必要となります。
十勝の気候では榾木の育成に時間がかかってしまいます。そのような短所を活かすためにも、僕は露地での育成方法を選らびました。森の中で榾木を育てることにしました。夏は緑の下で管理されるも、冬は暑い雪の下に埋もれることになります。そうした栽培方法が高い品質の椎茸を生むと考えています。
椎茸の旨味成分はグルタミン酸です。乾燥椎茸にするとグアニル酸と呼ばれる旨味成分が生成されますが、生椎茸にも微量のグアニル酸が含まれています。それでも、含有量をみれば、生椎茸の主要な旨味成分はグルタミン酸と考えられます。
5K-16という菌種は、通常品種と比べて、そのグルタミン酸の含有量が豊富といわれています。大きな椎茸を発生させることも特徴のひとつで、優良な品種と言えるのですが、栽培が難しく、栽培農家も年々に減っているそうです。ただ、品質の高い椎茸栽培を目指すのならば、この品種を選ぶ必要があると考えています。
栽培に適していない寒冷地で、栽培の難しい菌種を育てるということは、無謀とも言えます。品質に重点を置く経営方針とはいえ、最低限の量と安定した出荷スケジュールを確保しないと、商売にならず農業活動を続けることができません。
そこで重要となるのは地域に根付いた栽培技法でした。とはいえ、地域に根付いたといっても、基本に忠実な栽培方法で、労力のみならず知識と経験が必要です。現在は技術革新で昔ほど手間をかける必要も薄れた原木栽培ですが、この土地の多くの栽培者は昔ながらの技法で椎茸を育てていました。
当農園は、この昔ながらの技法を再現しようと思いました。おかげさまで、この栽培に適していない土地でも、栽培の難しい菌種でも、最低限の量と安定した出荷スケジュールを確保することができました。
栽培に使用する原木はクヌギやナラの木。ドングリの実をつける広葉樹。つまり「椎の木」を使います。 椎の木から生える茸(きのこ)が、「椎茸(しいたけ)」というわけです。 ただ、南北に長い日本では、地域によって自生する椎の木の種類も変わるので、椎茸栽培に使用する原木の種類も地域によって変わります。 九州ではクヌギが多く、関東ではコナラ、 そして北海道ではミズナラが多く使われています。
葉っぱの落ちる10月ごろ、北海道の十勝でも、ミズナラの木の切り出しがはじまります。 原木の太さは直径6〜10cmくらいが理想的なのですが、4〜20cmくらいが許容範囲。 どんな太さの原木でも、生まれてくる椎茸の味に影響はないのですが、原木の寿命と扱いやすさを考えると、やはり6〜10cmくらいが理想的です。
ですので、ちょうどいい太さのミズナラの木だけを倒していくのですが、切株は残しておきます。 ミズナラの木には「萌芽更新(ほうがこうしん)」と呼ばれる性質があるので、切株を残しておくと、そこからミズナラの木が再生するからです。 ミズナラの木を倒しても、根は生き残り、森も生き続けます。 また、再び成長したミズナラの木は、しいたけ栽培の理想的な太さになることも多いので、その理由でも切株は残しておきます。 それは理想的な「森の循環」で、つまるところ「原木椎茸」を栽培するということは、今の日本が抱える「里山問題」を解決するひとつの方法でもあります。
ただ、「原木椎茸」の栽培に使う原木は、樹皮がきれいに残っている必要もあります。 原木の中を乾燥から守る役割と、しいたけの元になる「原基」と呼ばれるものがつくられる場所の確保。それらを原木の樹皮は担っています。 そのため、伐採や運搬に重機を使うことはできず、そこにも「原木しいたけ」の栽培の大変さがあります。
秋に森から切り出した原木は、冬の間に適度に乾燥させ、春になったら「椎茸菌」を接種させます。 それは「植菌」と呼ばれる作業で、90cm前後に切りそろえた原木に、直径1cmくらいの穴を40個くらい開け、そこに「椎茸菌」を繁殖させた「おがくず」を詰めていきます。 ただ、すこし昔までの植菌は「おがくず」ではなく「木駒」を打ち込むことが主流でした。 この変化も栽培の効率化を目指したもので、結果、より早く収穫を迎えることができるようになりました。 ただ、この変化も「椎茸の味にも影響がある」との声もあり、昔ながらに「木駒」で植菌されている農家さんもいらっしゃいます。
ただ、「おがくず」を詰めた榾木でも、焦ることなく、長い時間をかけて育てられた榾木から生まれた椎茸は高い品質を望めます。 むしろ、「木駒」よりも「おがくず」で植菌した方が、熟成期間を長くとれるので、 そう考えれば、より高品質の椎茸を作るために、「おがくず」を植菌する方法を選ぶことも正解と考えています。
「おがくず」を植菌するうえで、気を付けることは乾燥による「椎茸菌」の死滅です。 「おがくず」は乾燥しやすいため、はやくに「椎茸菌」が原木へ移っていくことを願うのですが、 そのためにすることは、植菌後の原木に散水することと、防湿シートで包んであげること。 植え付けた「おがくず」から原木へと、「椎茸菌」が伸びていくまでは、保湿のためにシートで包んであげます。 これは「仮伏せ」と呼ばれる工程で、植菌直後から原木に「椎茸菌」が充分に伸びるまで行われます。 ちなみに、植菌されたタイミングで、原木は「榾木」と呼ばれるようになります。
「仮伏せ」の適温は17℃。菌の最適な活動温度より少し低めなのですが、榾木から栄養を摂るのではなく、菌が伸長する工程なので、17℃が最適というわけです。 榾木の中を菌が伸長し、切り口に到達すると、「菌紋」と呼ばれる白い模様が表れます。 それは「仮伏せ」の終わりと、次の工程となる「本伏せ」をはじめてもいい合図です。 風通しよく、適度な湿度を保てるように、森の中に榾木を組んでいきます。
「本伏せ」は、原木の中に「椎茸菌」を行きわたらせ、養分を摂らせる工程です。 これは原木の「榾化(ほだか)」と呼ばれる変化を促す工程で、そのために行うことは、 定期的な散水で乾燥を防ぐとともに原木の中の水を抜くことと、適度に原木を天地返し、椎茸菌の活動を間髪化させてあげること。 森の中だと、放っていおいても榾化はすすむのですが、散水と天地返しを行うことによって、よりよい榾化のすすんだ原木、つまり「良い榾木(ほだぎ)」となります。
この散水と天地返しも栽培効率の向上を目指したものなのですが、これだけは味の向上にも繋がります。 ただ、散水と天地返しは、行わなくても「原木椎茸」の栽培はそこそこ出来るので、ついつい疎かになりがちです。 時間も労力も必要ですので尚更。でも、「仮伏せ」と「本伏せ」で、「原木椎茸」の良し悪しの90%が決まってしまいます。
榾化の進んだ榾木からは、春と秋になると、自然に椎茸が生えてきます。 それは春菇や秋菇、自然菇と呼ばれる椎茸で、充分な水分と、寒暖差による刺激がきっかけとなって、原木の樹皮を突き破り生まれてきます。 最初は小さな芽のような赤ちゃん椎茸も、あたたかい日が続けば1週間ほどで立派な椎茸となります。
自然な刺激で生まれた椎茸は、美味しいとされる一方で、自然環境下のため、虫が入っていたり、乾燥でひび割れたり、雨に濡れて旨味が飛んでしまったりもします。 そのため、自然発生した高品質の椎茸は、希少なこともあり、市場でも重宝されています。
「原木椎茸」は自然発生だけではなく、強制的に発生させることも可能です。 榾木を冷水に浸水させ、冷たさと窒息の刺激を6〜10時間ほど与えることで、椎茸を発生させることが出来ます。 浸水の終えた榾木を適切な温湿度の環境に置いておくと、1週間ほどで収穫可能な椎茸が育ちます。 夏や冬はもちろんのこと、一年を通して市場に出回っている生の原木椎茸は、こうして栽培しています。
収穫の終わった榾木を、もういちど浸水させると、ふたたび椎茸が生えてきます。 ただ、2〜3回目以降は浸水しても椎茸は生えてこず、次の発生のためには「休養」と呼ばれる工程が必要となります。 高温多湿な環境で45日くらいの間、榾木を休ませ「休養」させます。 定期的な散水も必要で、上手く行うと、ふたたび浸水刺激で、椎茸を発生させることが出来るようになります。 このように、1本の榾木からは何回も「原木椎茸」を発生させることが可能で、上手につくられた榾木は15回以上の収穫が見込まれます。
「原木椎茸」が出なくなった榾木は薪となります。 冬の椎茸栽培には暖房が必要となるのですが、その燃料となるわけです。 そして、燃え残った灰は、融雪剤として使ったり、土壌改良剤として畑に撒かれ、土にかえります。 ここまできて「森の循環」は完了するのです。