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タモツの日記
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#291 1割の不便がもたらすもの

十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。もうすぐ、入社して1年が経つ。先日は、はじめて社内のお花見に参加した。季節は6月。無論、会に花はない。聞けば、毎年のことだそう。とはいえ、一般的な花見の季節のとき、会社は繁忙期。その余裕はない。それゆえ、落ち着いたころに、慰労を兼ねての会となる。けれども、「花見」という名前だけは残ったというわけだ。知らんけど。

しっかりと、カメラは持って行った。けれども、出番はなかった。広報担当にも関わらず。撮影が義務ではなかったことも理由だが、それ以上に忙しかったのである。もうひとつ、持って行ったのは野球のグローブ。先輩から持参することを促されていたからだ。案の定、キャッチボールははじまった。ただ、相手は先輩ではなかった。誰か分からない子供。あまり距離は取らず、けれども、近すぎることはない。絶妙な初心者用の距離感を生み出していた。もちろん、全力で投げることはできない。とはいえ、下手投げしては相手に失礼だろう。ここでも絶妙な力加減を生み出していた。言ってみれば、接待キャッチボール。だけども、楽しい。やはり、スポーツとして体を動かすことは楽しかった。

周りを見れば、他でもキャッチボールがはじまっていた。バドミントンもやっている。大縄跳びをはじめる組もあった。会社の平均年齢は若い。今年になって30歳となったらしい。つまるところ、去年は29歳だったというわけだ。もちろん、参加しない人もいる。焼肉をつつきながら、体を動かす若者を見守っていた。社長もそのうちのひとり。なんとも不思議な光景だ。これが僕の入った会社の花見。それが可笑しくて、顔に出そうだった。

それにしても、僕はこの年になってもキャッチボールができていた。野球の経験はあるが、学生時代の部活動ではない。社会人になってからの草野球だ。ポジションはセンターベンチ。というよりも、雑用係だったから、選手の穴埋め要員として、すべてのポジションの経験がある。つまり、内野もこなす。そこでの動きは、取ってから返球までの早さも求められる。軽快にステップを踏みながらのキャッチ&スローだ。僕はこれが好きだった。会社ではあまり目立ちたくはないが、時間が経つにつれて、僕の動きはそれに近づいていった。とどめは先輩とのキャッチボール。経験者同士のそれは球速もはやくなりがちだ。もう歯止めは効かない。本当に楽しかった。

それもこれも、過去の自分のおかげである。いろいろあったが、草野球は楽しかった。今だから分かることかもしれないが、試合で勝ったり負けたりすることだけが楽しかったわけではないと思う。投げたり、打ったり、取ったりも然り。仲間内にわちゃわちゃ感もそう。僕だけかもしれないが、野球をできるようになっていく過程も楽しかった。つまり、僕が作っていたのは、野球ができる自身の体と思考。それが楽しかったのだと思う。

思い返してみれば、僕の趣味と言えるものは、自身の体と思考を作ることが必要なものばかり。写真もそう。「僕の思う最高の一枚」を相変わらず目指しているが、そのアプローチ方法は自身の鍛錬である。料理も好きだが、僕が作ってきたものは、過去の料理群ではなく、自身の料理スキル。車の運転もそうかもしれない。自分なりに、使いこなして気持ちよく走れる能力を手に入れたと思っている。僕は、それらを手に入れる過程が好きで、これからもそれを続けていくだろう。不便さを楽しむということは、そういうことだと思った。

欲しいのは、結果ではなく過程であり、後に残るのは再現可能なスキル。そう考えれば、効率の考え方も変わってくると思う。好きでもないことは、結果だけを求めて効率化を進めればいいとは思うが、そうでなければ、コスパ・タイパ・メンパを考えることは逆効果なのかもしれない。僕の写真はデジタル機からはじまったが、失敗が少ないことを不服としてフィルム機に移った。そのときは深く考えてなく、直感で動いていたが、その背後にはこうした背景があったと思う。きれいな写真がほしいのではなく、きれいな写真を撮れる自分が欲しかったのだと。だから、便利で簡単で、コスパもタイパもメンパもいい方法はいらなかった。ましてや、AI生成の画像とか、どうでもいいのである。

僕はいい時代を生きていたのだろう。まだ苦労する選択に出会いやすかった。新品のPENTAX67を買えたのだから。インターネットが普及する前に料理をはじめられたのも関係があるのかもしれない。新車でEKのシビックTYPE-Rも買えた。最近になって、また車が欲しくなってきたが、僕の標的は、中古のアルト・ワークスか、現行型のシビックTYPE-Rである。やはり、シビックTYPE-Rはいい。FL5。いろいろと変わったが、僕を惹きつける力は変わっていないようだ。

けれども、疑問点もある。レブマッチシステムだ。そこを便利にしてどうする。不便さを楽しむことができない車なのだろうか。仕事として必要なら分かるが、遊びとしてなら不要だと思う。システムを導入してまでシフトダウンをする必要はないだろう。

とはいえ、それが令和を生きる僕らのニーズなのだろう。ただ、それと「好きなことが見つからない」という声には、因果関係があると思う。「僕はいい時代を生きていた」というのは、そういう意味だ。あの頃は不便が溢れていた。その9割は望んでいないものだが、残りの1割で僕は楽しく暮らせていたのだと思う。

そして今、AIによって効率化の動きが最大化されているように思える。それは同時に、人から好きなものを、さらに遠ざけている気もする。個人が画一的になりがちだ。それゆえに、今よりも多様性の発現が目立つことになるのではなかろうか。それを画一的な人の目にはどう映るのだろう。もしかしたら、効率化の定義も変わるかもしれない。そうしたら、「コスパ・タイパ・メンパ」も死語となるだろう。そのとき、僕らを手助けしてくれるのも、やはりAIではなかろうか。効率化の波を進めるのがAIなら、その行く末を変えるのもAIだと思う。

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