





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、本業はとある施設の運営係。そこには、僕好みの被写体が溢れている。最近になって、その撮り方もだいぶ分かってきた。やはり、写真は楽しい。とはいえ、仕事場への依存度を下げるためにも、休みの日に撮りに出かけているというわけだ。
季節は6月。暑い日も増えてきた。敷地の草刈の回数も覚えていない。通勤路の街路樹であるアカシアは、白い花で例年以上に満開だ。そして、太陽が昇るのが早ければ、落ちるのも遅い。撮影に、直射日光は避けたいが、その時間は限られている。朝の4時前か、夕方の7時以降。そこへいくと、立木は葉が生い茂っているから、昼間でも、自然と幹の回りの光は優しい。その点に関してだけ言えば、立木の撮影は楽だった。
十勝管内の公園をまわった。いままで気付かなかったが、やはり広葉樹が多い。もちろん、エゾザクラとイチョウやイタヤカエデを多く植えている公園もあった。きっと、春と秋には心揺さぶる景色となっているだろう。けれども、セン、ハン、ホウの木が生い茂る公園もあった。オニグルミやカツラも生えている。もちろん、ミズナラやカシワ、そしてシラカバも。帯広の大きな公園では、それらを観察できるように作られた庭園もあった。いつでも、広葉樹に触れられる機会があったというわけだ。
中でも、カシワの巨樹が乱立する公園は圧巻だった。けれども、割と町中にある公園にもかかわらず、訪れる人の数はまばら。撮影はしやすいが、何か寂しさのようなものを感じた。
「木には何か惹かれるものがありますよね」。それが、最近になって知り合った人との会話だった。理由は分からないが、木には遺伝子レベルで惹かれる何かがある気がしている。それに共感してくれる人は多い。おそらく、その想いを持っている先祖が生き残って、今の僕らがいるのであろう。巨樹があるところは、比較的、環境の劇的な変化が少なかったと思われる。樹齢が100年を超えるということは、少なくとも100年はその地が安定していたという証拠。巨樹に惹かれて、その周りで暮らしていた人が生き残ることにも頷ける。
それでは、木目に惹かれる理由は何だろう。巨樹そのものに惹かれる理由があるなら、木を切って現れる木目にも、似たものがあるのだろうか。もしかしたら、その想いは木を材料にして、何かを作る原動力だったのかもしれない。例えば、暮らす家。土や草よりも、木を使った家の方が、安全に暮らせたと思う。当然ながら、木より石で作った家の方が生命の危機は少ないかもしれないが、人の長い淘汰による過渡期には、そこまでの文明がなかったのであろう。そう考えれば、巨樹に惹かれて近くで暮らし、木を材料に多くのものを作りたかった者たちが、今を生きる僕らの先祖であり、その想いを受け継いで、理由も分からずに、僕らも巨樹に惹かれ、木目にも惹かれているのだろう。
だからか、僕は巨樹に触れられる公園で、人が少ないことに寂しさを覚えたのかもしれない。おそらく、共感したかったのだと思う。考えてみれば、僕も撮影という目的がなければ、その公園に訪れることはなかった。本来なら、木に会いに行くという目的だけでいいはずなのに。そういえば、「海外では人と森の距離が近い国もある」と誰かが言っていた。そこの人たちの暮らしは豊かだとも感じた。もしかしたら、目的がないからと、森へ行かないということは、不幸なのかもしれない。
木や森と同じように、海にも遺伝子レベルで惹かれるものがあると思う。僕は関東の出身だ。町には海もあったからか、理由もなく海へ行くことも多かった。ただただ、遠くまで続く大海原を見つめて、波打ち際を散歩する。生産性はない。けれども、忘れた頃によく出かけていたことを覚えている。おそらく、海も森と一緒だ。危険だが、それに勝る豊かさがあったと思う。僕らの先祖は、そこに惹かれて暮らしていたのだろう。だから、僕も理由なく海に行ったのだと思う。
そう考えれば、森へ入ることに理由は要らないはずだ。もしもそうならば、多くの人は森へ入るきっかけを待っているのかもしれない。そういえば、昨年になるが「フラット登山」という名の本が話題になっていた。頂上を目指さなくても、フラットな山道を歩くだけでも楽しいことを説いた本だったと思う。この本が多くの人に届いた背景には、森へ入る理由を欲していた人たちのニーズを満たしたことがあったのかもしれない。
それならば、広葉樹が豊富にある十勝も、そのニーズを満たすことができるだろう。けれども、その良さをアピールしたところで、人が動かないことはよく知っている。そもそも、誰かのニーズを満たすことだけが正解ではない。今のままがいい場合もある。そう考えれば、僕の巨樹めぐりも内緒にしておいた方がいいのであろう。十勝で暮らしていることの特権だと思うぐらいが丁度いいのかもしれない。