





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、会社は繁忙期。僕も助っ人として現場に出向くことが多い。故に、ここ最近のデスクワークは皆無。肩書も変えた方がいいと思えるくらいだ。ここらで、一旦、僕のワーク・ワーク・バランスを、見つめ直してもいいのかもしれない。打算的に動いていた節もある。それを修正できる、いいチャンスと思えた。
結果的にプライベートな時間が希薄となっていた。それは僕の求める暮らし方からは離れている。限られた時間を大切にしたいからだ。故に、いろいろと対策を打ってきたから、表面的にはいい方向へ向かっているように思えていた。けれども、中心が抜けている感覚も覚えていた。その原因には心当たりもあった。楽しさの部分を仕事に依存していたと思う。もとい、依存したい僕がいた。けれども、僕はサラリーマン。どこかで壁にあたる。そこに不満を募らせるのは粋ではない。やはり、ワーク・ワーク・バランスではなく、ライフ・ワーク・バランスを見つめ直した方がいいのであろう。
目の前には連休があった。ちょうどいい。すこし億劫になるくらいの予定を詰めこんでみた。途中で止まっていた北海道一周も、このタイミングで完結させるのもいいだろう。「そのうちに」と思っていたが、今がそのときだと思う。新たに打ち込める被写体を探すのには丁度いい。「石を撮りに稚内まで」。それくらいの気持ちで準備を進めた。
けれどもどうだろう、前日に気付いたのは季節外れの雪予報。撮影は可能だが、長時間の雪道ドライブは、さすがに億劫すぎる。きっと、写真も雪景色連発になるだろうし、それは間に合っている。それでも、行った方がいいと背中を押す自分もいる。めずらしく、長いこと考えていたと思う。だからか、中止を決めたときの脱力感も大きかった。せっかくの連休だからと、稚内は諦めたが、襟裳なら日帰りで行ける。ただ、それも雨予報に心を砕かれた。結局、その日は家で過ごすことにした。
なんとなくPCをつけた。サイトの手直しをはじめてみた。これで何回目になるだろう。すべての文章を改編した。その勢いで海外のコンテストにも応募してみた。100$。安くはない。けれども、勢いは止まらなかった。おかげで、1日が楽しかった。そう思えたことが不思議でしょうがない。
勢いは翌日にも生きていた。朝から美術館へ。久しぶりである。美術館の年間スケジュールに合わせて、以前は年に4回の頻度で通っていた。それが、再就職をきっかけに、ゼロとなっていた。正直に言うと、久しぶりの美術館はおもしろくなかった。それは、展示の内容が僕の琴線に触れてないだけで、それ自体がダメということではないと思う。その証拠に、連休中ということもあり、盛況であった。おもしろくはなかったが、楽しかったのは確かだと思う。美術館を出た後も、同じ敷地内にある公園を散策した。かなり撮った。新たに打ち込める被写体を見つけたかもしれない。
連休は終わった。物足りなかった僕は、有休を使って厚岸まで行ってみた。写真はあまり撮れなかったが、かなり楽しかった。連日、夜は写真の整理に追われていた。そういえば、以前のサラリーマン時代も、こんなライフ・ワーク・バランスだった。休日は外へ撮りに行き、平日の夜は写真の編集に追われる。その繰り返し。それを思い出した。
だからといって、それをまた繰り返そうとは思えない。ライフ・ワーク・バランスを見つめ直した方がいいと思っていたが、その必要もなさそうだ。変にバランスなんてものは気にしなくてもいいのかもしれない。欲張れるものは、欲張った方がよさそうだ。そして、ワーク・ワーク・バランスも然りだと。すこし真面目に考え過ぎていたと思う。いたずら心を持っているくらいが丁度いい。「まじめ過ぎて不まじめ」。今の僕はそれだと思う。