plus
67photo
hert
head
タモツの日記
ex
point
hert
281
comment
6
return
7
fly
N
book
#281 エイプリルフール怖い

十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。入社してから10ヶ月が経とうとしているが、初期のアルバイト時代を含めれば、もうすぐ丸1年が過ぎようとしている。その間に色々とあったから、「激動の1年」と言ってもいいのかもしれない。

そう、今日は4月1日。エイプリルフールだ。嘘をついてもいい日。おそらく、SNSには大量の嘘が流れるだろう。けれども、そこにも暗黙のルールがある。迷惑行為はダメ。人を傷つけることもNG。それでも、今日だけはと、人は頭を回転させて嘘をつく。これはもう、国民行事だ。大喜利の全国大会。面倒だと思いながらも、「この日を無駄にしたくない」という妙な義務感で嘘をつく。これには一体、何の意味があるのだろう。

つまるところ、皆は嘘をつきたいのだろう。故にエイプリルフールが存在する。我慢からの解放の日。逆をいえば、普段は我慢の日々というわけだ。そんな日に吐露する嘘には、その人の人柄が大きく反映されている気がする。嘘の裏側にある本音は、容易に想像できるだろう。けれども、重要なのは隠された本音ではない。それを隠そうとした思考の方だろう。その者の「言いたいこと」よりも、「言いたくないこと」の方に人柄は宿ると思う。

人は複雑だが単純だと思う。相反する思いが同時に立ち上がるだけだ。本人は苦しいが、思考や行動の制御には、この方法が最適なのだろう。そう考えれば、哲学の二項対立の弁証法的解決は、高度なハック技術といえる。嘘をつくときの二項対立から生まれる葛藤も、エイプリルフールという弁証法に近い解決策で、欲求は上手くハックされているのではなかろうか。

ならば、エイプリルフールで気をつけたいことは、他人に知られたくない、自身の人柄が漏れ出すことだろう。僕も、この文章の冒頭で嘘をついてみたが、たしかに隠しておきたい僕の内面が見え隠れしている。くだらないちっぽけなプライドがそうだ。やはり、嘘はよくない。相手を騙す以前に、自分をさらけ出し過ぎてしまう。かといって、エイプリルフールに嘘をつかなければ、もやもやとしたものに悩まされるし、それはそれで、自身の内面の一部をさらけ出していることになる。どうしたものか。

しみじみ、エイプリルフールは怖いのである。

home
move
fly
zoom
plus
foot