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#279 杞憂に過ぎなかった

十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、任されている仕事は多岐にわたる。先日は、除雪もできるようにと、大型特殊の運転免許も取得した。簡単と言われていた実技講習。後から思えば、たしかに簡単だったかもしれない。けれども、講習を受けているときの僕は、余裕がなくなっていた。

そもそも、講習がはじまる前から、いろいろとやらかしていた。手続きは上手くいった。過去に何度も失敗したから、準備をしていたことが功を奏した。とにかく集中。覚えることは反復復唱。メモはとってはいけない。メモをとりながら聞くことは、ハードルが高すぎるからだ。それでも、やらかしていた。窓口には会社の同僚も来ていたらしい。まったく気づかなかった。それゆえに、後日の会話は噛み合わない。同僚曰く、あの距離で気づかないことに驚いていた。窓口の担当者も驚いていたから、やはり僕がおかしかったのだろう。

手続きは上手くいったものの、その後の視力検査で躓いてしまった。視力が微妙に足りない。いや、ぎりぎりで合格した。けれども、免許の書き換え時に、再び視力検査はやってくる。備えあれば憂いなし。眼鏡は必要だろう。さっそく、次の週末に作った。とはいえ、眼鏡越しの世界に、感動はなかった。そこまで目が悪くなかったからだ。けれども、自信がなくなった気がした。「老い」といえばそうなのだが、不完全な自分を意識してしまった。その後の、大型特殊の講習にも影響して、余裕がなくなってしまったというわけだ。

けれども、それくらいの自信のなさが、ちょうど良かったのかもしれない。合格率は、ほぼ100%らしいが、たまに落ちる者もいる。たいがい、落ちる者は、根拠のない自信を持っている者と聞いたことがある。ならば、多かれ少なかれ、危機感を持っていた方がいい。そのおかげか、無事に講習の検定は合格できた。免許の書き換えも、裸眼で通過。結局、僕の余裕を奪うほどの不安は、杞憂に過ぎなかった。

後に残ったのは、すこしだけよく見える眼鏡。かけなくても罰則はないが、車の運転中はかけることにした。最初は、眼鏡の縁が視界に入ることに違和感を覚えたが、2,3日もすれば慣れた。今では、眼鏡をかけてないと、落ち着かなくなっている。シートベルトみたいなものになった。不完全な自分も悪くないのかもしれない。そうも思えるようになった。

そもそも、僕には苦手なものがある。元から不完全だった。いまさら、眼が悪くなっても、僕の身体的な評価点は変わらないだろう。きっと、これからも体はますます悪くなっていく。それに悲観するほどの立派なものは持ち合わせていないというわけだ。

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