





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、その業務は掛け持ちで進めている。本業は、とある施設の運営全般だが、要請があれば他部署への助っ人に回ることも多い。つまるところ、人手不足なのである。
どうしたものか。これはもう、仕方ないのである。会社の待遇が悪いわけではない。むしろ、同業他社と比べれば、突出して優良だ。業界平均よりも極めて高いと思っている。経験なしの中途採用の僕が言うのだから確かだろう。けれども、人手不足なのだ。対策は講じられている。会社はもちろんのこと、業界も、国としてもだ。その活動に対して、僕は個人的に敬意を抱いている。でも、なかなか結果には繋がらないみたいだ。それが厳しい現実なのだろう。
とはいえ、僕の勤めている会社は30年スパンで物事を考え、100年先を見据えている。ならば、今すぐに結果が出なくても、遠い将来のことを考えれば、今からはじめておけることもあるかもしれない。さすがに多額の経費をかけることはできないが、解決策を探しはじめることはできると思う。
そもそも、人手不足の原因は何であろう。ひとつに賃金の低さがあると思う。これは仕方ない。大きな構造の中で決まっていることだから、下手に動かせば、思いもよらないところに歪みが生まれて、全体が崩れる恐れもある。
業務内容も原因のひとつだろう。かなりきつい部類に入ると思う。策は講じられて緩和はされているが、デスクワークと比べれば、やはりきつい。僕も手伝ってはいるが、足を引っ張らないようにするだけで精一杯にもかかわらず、体重は短期で落ちていく。ベルトの穴も一つ縮んだ。
一方で、社風や人間関係などの要因は、人手不足の原因にはなっていないように思える。そこにも手が入っているからだ。ありがたい。つまるところ、賃金や業務内容、社風、人間関係などには、人手不足を解消するための策が入る余地はないと思われる。
それならば、社会的地位はどうだろう。現状、高いとは言えない。これを何とかできないであろうか。僕は、この仕事を限りなくエッセンシャルワークに近いと思っている。世間から敬意を払われる対象になっても不思議ではない。30年後に社会的地位が少しでも上がっていれば、人手不足も少しはましになり、そこからはじまる100年後に向けての事業も進みやすくなるだろう。
だが、難しい。世間の意思を変えようとしているのだから。業界内でも、その試みにチャレンジしている社はいくつもあるが、やはり劇的な変化は難しいようだ。「世間に認めてもらう」。それが難しいなら、せめて社内で認め合ってはどうだろうか。いや、それも難しいであろう。ならば、せめて僕なりに抱いている敬意を表に出してみようか。そこから認め合う輪が大きくなることを願うのである。
奇しくも、仕事内容を記事にしてほしいとお願いされたことは数件ある。少なからず、社内で需要はあるようだ。日記形式にすれば、読みやすくもなるだろう。ペルソナは入社したての頃の僕だ。さっそく、noteのアカウントを作ってみた。まずは下書きの共有リンクで、疑似的な限定公開ではじめてみようと思う。
1件目の記事は、この記事を敬体に直して、文章の誤解を招きそうな部分を削ればいいだろう。そこから、ひとりひとりのエピソードを書きなぐる。締めの言葉は「すごい人です」にすれば、当初の目的から外れることもないだろう。なにより、そんな文章を僕が読んでみたい。これが広報の仕事なのかは分からないが、ちょっと楽しくなりそうだ。