





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。その業務内容には動画の作成もある。編集だけではない。撮影もする。なんなら演者だったりもする。すべてをひとりで完結しなくてはならない。正直に言うと、だるい。カメラ目線で何かをしゃべることはないが、動画に映り込むだけで気が重いのである。
せめて平均体重くらいの風貌にはしておきたい。ちっぽけなプライドもあるが、仕事としても、そうあるべきだろう。健康的にもだ。そう思い、減量をはじめたのが4ヶ月ほど前のこと。2ヶ月ほどで10kgの削減に成功したが、年末年始で3kgくらい戻った。そこから減ることなく、さらに1kg増えて現在に至る。
原因は分かっている。しかも、減量をはじめた頃からそれを危惧していた。気持ちの揺らぎである。心の余裕がなくなると、減量も上の空。自暴自棄とまではいかないが、守っていた箍が外れてしまうのである。
そして、もうひとつの原因も発見した。料理熱も爆発すると止まらない。僕の減量作戦は「腹6分目」。食べる物は変えないのだが、減量テンションが上がっていると、作る料理も減量目的に偏ってしまう。気づかないうちに我慢をしていた。本当はデブ料理を作りたいのに。その思いが爆発すると止まらないのである。つまるところ、僕は我慢ができないダメな人というわけだ。
先日も、モツ鍋を作ってしまった。自作チャーシューからの流れである。もう止まらない。作りたかったデブ料理への情熱が、脳から毛穴から溢れ出る。生ホルモンを購入した。牛のシマチョウ。白い脂が調理欲をそそる。アレンジも浮かんでしまった。豚バラ肉を加えて、さらにコクを出そう。顆粒の鶏ガラ出汁がベースだから、鶏モモ肉を入れてアシストさせよう。おかげで、肉肉しいモツ鍋になったのである。
美味しい。背徳心もいいスパイスだ。もちろん、野菜も入れている。キャベツ・もやし・ニラ。それらも美味しい。いや、それが美味しいと言った方がいいのであろうか。けれども、嘘はつきたくない。やはり、野菜より肉だ。彼らが主役。鍋の突っつき方にも表れている。「鍋は野菜が美味しよね」。そんな言葉とは裏腹に、野菜をつまみながら肉を探す箸。よくある光景だ。だが、大丈夫。僕の作るモツ鍋は肉肉しい。肉を探す必要はない。野菜を探すふりをしても、存分に肉をつまめるというわけだ。
もちろん、締めの炭水化物もキャンセルはしない。うどんやごはんもいいが、ここは袋ラーメン麺の一択だろう。「かためが好き」と言えば、煮込み時間も少なくて済む。ライバルとの争奪戦にも、出遅れることにはならないだろう。それをオン・ザ・ライスで食す。たまらなく美味い。いや、旨い。気がつけば、背徳心も消えているのである。
その後日、焼肉を食べた。唐揚げも食べた。減量をはじめてから食べていないのは、グラタン・コロッケ・チキンカツカレー。どれも食べたい作りたい。いや、我慢だ。そのために、このnote記事を書いた節もある。どうしたものか。
自分へのご褒美にしようか。今回の減量で最も低かった体重まで落とせばグラタン。そこから、さらに2kg落とせばコロッケ。さらに2kg落として目標体重になったらチキンカツカレー。これで行こう。僕の減量は止まらないのである。