





20代の頃、僕は金魚を飼っていた。あの頃は、楽しそうなことを端から経験することに楽しさを感じていたからだ。「熱帯魚の飼育は奥が深いよ」。職場の兄さんからの助言である。僕はいろいろと調べた。たしかに楽しそうだ。単なるペット飼育でもないようす。日常的にかける手間も多い。知識と経験も必要だ。きっと、熱帯魚のいる暮らしは充実している。そう思えたので、近くのホームセンターへ出かけた。もちろん、財布の紐も緩めてである。
結果から言うと、何も買わなかった。寸前のところで踏みとどまったのである。そもそも、僕の興味関心は、熱帯魚ではなく、その飼育環境の構築に向いていた。水槽や床砂、ポンプなどなど。小物を使った槽内のレイアウトを考えるだけでわくわくしていた。それに比べて、熱帯魚への関心は低く冷めていた。気がつけば値段で決めようともしていた。だったら、槽内で泳ぐのは金魚でもいい。和金でいい。いや、和金がいい。そのようなわけで、数ヶ月後には金魚の飼育がはじまっていた。
水槽は60cmサイズのものにした。大きい。とはいえ、金魚の数は3匹。少なすぎる。おそらく、快適に暮らしているだろう。小物も多い。雑多なアクアリウムとなったが、改善の余地があるから、そこを考えるだけでも楽しい。僕の中での小さな趣味のひとつ。そうも思えたのである。
けれども、相手は生き物だ。こちらの思惑通りには動いてくれない。気がつけば、3匹いた金魚は1匹だけになっていた。数匹を足したが、やはり時間とともに1匹に。そんなことを何度か繰り返したが、結果は変わらず。広い水槽内を金魚が1匹。いつのまにか、それがデフォルトとなった。
飼育方法が悪かったわけではないと思う。その一匹が強かったのだ。他が死滅した理由も分かっている。食べている瞬間を目撃したからだ。ちゃんと餌はあげていた。けれども、争いは止まらなかった。おそらく、縄張り争いだろう。その意味では、飼育方法が悪かったのかもしれない。諦めて、この1匹を大切に飼うことに決めたのである。
1匹だから情も入りやすい。名前も付けられる。「金ちゃん」。1匹だから他個体と間違える心配もないのだ。いつしか、槽内のレイアウトも閑散としてきた。あの頃の僕は短期転勤族だった。日常的に引っ越しがある。もちろん、金ちゃんも一緒に連れて行く。けれども、新居での水槽は簡素なものとなっていた。僕のアクアリウムに対する熱も冷めていたからだ。ただ、金ちゃんへの情は強くなっていた。奇しくも、魚より水槽へ向いていた熱も、時間とともに逆転したのである。
情が強くなった理由は、1匹になったからだけではない。微妙に成長しているからだ。おそらく、広い水槽のおかげなのだろう。およそ、和金とは思えないくらいの大きさになっていた。その姿は、オレンジ色のフナ。かっこよくはないが、成長する過程を見守りたくなった。どこまで大きくなるのか。そのような親心とも言える感情が芽生えたのである。
そんな金ちゃんにも危機が訪れた。北海道への転勤が決まったのである。一緒に引っ越すことは可能なのか。甚だ疑問であったが、結果から言うと、無事に新居でも元気に泳ぎ回っていた。方法は簡単だ。輸送用の袋が市販されている。そこに水とともに入れて、市販の酸素ボンベで袋をパンパンにし、それをバケツに入れて、一緒にフェリーに乗船した。ただ、フェリー内で一緒にいることはできず、ペット用の区画に置かせてもらった。数匹の犬と一緒にである。有料サービスであったが、数千円程度であったから助かったのである。
北海道で暮らしはじめても、金ちゃんの成長は止まらなかった。すでに金魚の大きさではない。小さい鯉である。付き合いも長い。水槽の端をトントンと叩いてから餌をあげていたから、その合図だけで寄ってくる。けれども、いい歳だ。金魚の寿命は10~15年と言われているから、そろそろ死んでもおかしくない。そのタイミングで仙台への転勤が決まった。
2度目のフェリー。方法は前と同じだ。幾分、心配も少ないのである。だが、仙台の新居では元気に泳ぎ回ることはなかった。斜めに泳いでいる。おそらく「転覆病」というものだろう。いろいろある対処方法はぜんぶ施してみたが、ますます症状は悪化して、最後は背泳ぎしていた。
ほどなくして金ちゃんは逝った。不思議と悲しくなかったのは職業病かもしれない。亡骸は袋に入れて、手を合わせてから護美箱へ埋葬した。その日は、供養のつもりで、マグロの刺身を食したことを覚えている。
空になった水槽は、水を抜いてきれいにしてからリビングに置いておいた。いつしか、僕の紙資料を入れておくBOXになったが、たまに金ちゃんのことを思い出していた。そして震災が起きた。水槽に水は入っていなかったので、惨事にはならなかった。それでも、地震の揺れで大きく移動していたので、仮に金ちゃんが生きていたら、惨事となって、その後を生き続けることは難しかったであろう。そう考えると、いいタイミングで逝ってくれたのかもしれない。ありがとう。僕はそれを金ちゃんからの精一杯の恩返しだと思っている。