





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、もうひとつの仕事も任されている。どちらかといえば、そちらのほうが本職だろう。肩書は無いが、あるとすればそれになる。名刺もデザインから特注だ。つまるところ、会社内で二足の草鞋を履いていることになる。それ故に、仕事場も特殊でひとり。本社とは距離もある。ぼっちを好む僕にとっては好都合。けれども、他社員とのコミュニケーションはとっているつもりだ。先日も、仕事終わりのスキーに誘われたので参加してきたのである。
僕はスキーが好きだ。20代の頃に強く取り組んだ過去もある。だが、僕もいい歳だ。あの頃と同じテンションで滑れば怪我をしてもおかしくはない。けれども、自制は効くのだろうか。甚だ疑問である。クラウチング姿勢でカービングターンをすれば、曲がるたびに加速したくなる。加速してしまう。アドレナリンの分泌が激しいのだろう。怪我の恐怖は消えてしまう。それが怖いのだ。
スキーが怖いのなら、業務的な参加に留めておけばいい。そうも思うが、やはりスキーは楽しい。純粋に滑りたい僕がいる。けれども、滑りたい理由は他にもあった。僕はスキーをやっていたことを話している。その中で、武勇伝のように失敗談を語ってしまった。謙遜のつもりで話したが、失敗が大きすぎて、自慢話のようになってしまっていた。これを払拭させたい。というのも、スキーやスノボの腕前を自己主張する者は、決まって下手くそなことが多い。それを「みっともない」と思っていたが、ここにきて自分がそうなってしまった。故に、自分のへっぽこな実力を、さっさと見せたい。決して自慢話ではなく、失敗談だったことを証明したい。そのようなちっぽけなプライドのためにも、仕事終わりのスキーに参加したのであった。
その日は風が強かった。道路では粉雪も走っている。けれども、ゲレンデは西向きのバーン。ほぼ無風状態で、昨日の降雪でコンディションも良好だった。久しぶりのスキー。正確には2年ぶりだ。けれども、一昨年のスキーは子供と慣らし程度に滑ったもの。全開アタックなどはしていない。そのため、ブランクが心配であった。
とりあえず、ひとりでゲレンデを滑ってみた。思いのほか、スピードが怖かった。その恐怖が上手く自制に働いてくれそうだった。おかげで楽しいスキーとなった。広報の仕事道具も持って来ていた。上手く撮れれば、皆と共有もできるだろう。GoProで滑りながら撮影した。役割を持ったことで更に自制は働いた。不格好な自分をさらけ出すこともできた。恐怖でへっぴり腰にもなっていただろう。滑る前の憂鬱は、ことごとく粉砕できたのである。
けれども、欲が出てしまった。過去の僕は、最後の一本を「全開アタック」で締めることが多かった。ブーツのバックルは、緩めにしておくことで、自制につなげていた節もある。それをきつめに絞めてしまった。滑りだせば、ターンのたびに速度が上がっていく。途中からは、完全にクラウチング姿勢となった。もちろん、カービングである。僕の後ろには、深い2本の溝ができあがっていた。
完全に自制が効かなくなっていたと思う。それでも、恐怖で後傾気味になっているから、気持ちで前傾に向けていた。これは危ない。おそらく、アドレナリンが出まくっていたのだろう。姿はへっぴり。きっと、そのまま続けていれば、事故が起きていたと思う。
踏み止まれたのは、同世代の同僚の声だった。「そろそろあがるわー」。僕は我に返った。同時に自分が怖くもなった。こうならないように準備はしていたつもりだったが、全く機能しなかった。アドレナリンは怖いのである。
きっと、今シーズンのスキーはこれで終わりだろう。結局、楽しかった。そう思えるのも、若いときに取り組んでいたおかげだと思う。若いときの経験は掛け捨てではない。あの頃の僕には感謝しかないのである。