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タモツの日記
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#258 木造旅館のいいところ

十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。業務は多岐に渡る。最近では道外への出張にも同行させてもらった。先日も南の方へ飛んだ。はじめての地である。桜や柏のレバ刺しが絶品であった。鮎の天ぷらも美味い。僕の知らない世界がそこにあった。僕の心はすこし騒いだ。おそらく、眠っていた移住熱がすこし上がったのだろう。そして、場所的に選択肢は無かったから、宿はビジネスホテルではなく、旅館となった。

いい。趣のある建物は、歴史のありそうな木造建築。ついつい、梁や柱の太さに目を奪われる。木目もいい。ビジネスホテルのクールな雰囲気も好きだが、温かみのある旅館のそれも好き。仕事の出張で訪れたが、いい宿に恵まれたというわけだ。

部屋は整っていた。畳の上の机には、座椅子が二脚。お茶の道具とお菓子がウェルカムサービス。トイレのペーパーは三角形。風呂の前にはタオルが行儀よく積まれていた。僕が入ることで、それがすこしづつ崩れていく。それが心地よい。けれども、またそれを整え直したくもなる。それは親切心ではない。単純な欲求だ。もちろん、宿に迷惑を掛けたくない想いはある。けれども、それ以上に整えたい欲求があった。

起床したあとの布団は畳みたくなる。机や座椅子は真っすぐに。洗面所の飛び散った水滴は拭いて、使ったタオルは乾かしておきたい。掃除や整理整頓の類は嫌いな方だが、なぜかその宿では欲求に襲われた。ありがたい。欲求を生み出してもらい、それを発散できる場も用意されてるのだから。その意味でもいい宿だったと思う。

似たような場面は他でもある。つまるところ、品行方正的な振る舞いは、娯楽に限りなく近いものだと思う。義務でもなければ偽善でもない。そのような側面もあるのだろう。ただ、日常ではそんな振る舞いも難しい。例えば「やさしさ」もそう。信頼が無ければ、その者に優しさを向けることも躊躇してしまう。非日常であれば許されることもあるが、日常では、その後のことを考慮すると、やさしさの発露はしない方がいいという結論に辿りつくことも珍しくない。

そう考えると、この宿のように、無邪気にそう振る舞える環境は、本当にありがたく思える。「結婚」もそうなのであろう。打算なく相手に優しさを向けられる。居心地のいいコミュニティもそう。簡単なことだが、「ありがとう」を気兼ねなく言い合える環境は、当たり前ではないのかもしれない。

そんなことを思ったのは、出張の2日目の宿であったビジネスホテルに泊まったときだった。あれほど丁寧に部屋を整えてから旅館を後にしたのに、このビジネスホテルでは同じ気持ちが全然湧きあがらなかったからだ。一応、部屋は整えておいたが、それは宿に迷惑を掛けたくない想いがあったから。そこに自発的な欲求は無かったと思う。

何が違ったのであろう。たしかに、旅館とビジネスホテルでは違いがたくさんある。けれども、ビジネスホテルのサービスが悪いわけでもない。旅館のそれが突出していたわけでもないと思う。案外、畳や木の梁や柱、障子など、和風建築から醸し出される何かに酔っていたのかもしれない。僕も日本人だ。それらには強く影響されていたと思う。やはり、環境には逆らえない。もしも、どこかへ旅行をするのなら、趣のある木造建築の旅館も選択肢に入れたいのである。

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