





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。今は、入社3ヶ月目。農家の運営で困っていたとき、社長に拾ってもらった。だから、あまり声には出したくないが、給料は多くない。とはいえ、日々を我慢で過ごしているわけではない。楽しく暮らさしてもらっている。自炊率が高いのも、功を奏しているだろう。それは食費を抑えられてるだけではない。僕は料理が好きだ。つまるところ、僕の食費には、娯楽費も含まれている。仮にその分を差し引けば、食費はありえないくらいに抑えられているだろう。
先日からはじめた減量も上手くいっている。2週間で5kg減った。特に運動はしていない。仕事で体を動かしたが、それも微々たるものだと思う。その代わり、食事制限は実行した。腹6分目。とはいえ、牛肉と豚肉は少量にしているが、それ以外にメニューの変更はしていない。先日も鶏ハムを作ったが、減量を意識したものではなかった。単に食べたかったのである。
皮を剥いだ鶏むね肉をビニールに入れる。水、酒、塩、胡椒、顆粒の昆布だしを入れて、よく揉んだら30分くらい放置。その後、たっぷりの沸騰したお湯にビニールごと浸ける。火には掛けずに、1時間したらお湯から出す。包丁で適当な大きさに切れば完成だ。
美味しかった。これでヘルシーなんだから言うこともない。やはり、味付けがいいのだと思う。顆粒の昆布だしの威力だろう。なにも、それを使うのは鶏ハムだけではない。パスタやシチューにも使う。洋食にも合うということだ。癖がないので旨味だけを足せる。それでいて馴染みやすい。旨味が変に浮き出ることも少ないので、おそらくは食べても気付きにくい。縁の下の力持ちだ。価格を考慮すれば、最高の調味料のひとつだと思っている。
そんな顆粒の昆布だしだが、すべてを昆布から作っているとは思ってはいない。成分表示にも、それらしきものが書いてある。きっと、発酵だしが入っているのだろう。発酵だしとは、サトウキビから作った糖蜜を発酵させて乾燥もさせたものだ。僕だけがそれを『発酵だし』と呼んでみたが、あながち間違ったネーミングでもないだろう。
つまるところ、味の素だ。旨味調味料とも呼ばれている。アミノ酸とか酵母エキスなんて呼ばれ方もあるようだ。昔は化学調味料なんて名前も。そのためか、嫌悪感を覚える人もいたようだ。その流れは未だに続いているよう。やはり、受け付けない人は一定数いる。多様性が発現した結果だろう。中にはカウンター思考的に嫌っている人もいると思う。逆に、強く肯定する人もいる。こちらも、カウンター思考的に肯定しているのかもしれない。カウンターに対するカウンターだ。両陣営の争いは絶えない。すべては多様性の発現の結果だと。そう考えれば、意味のある争いでありつつ、無意味な争いでもあると思うのだ。
それにしても、ネーミングの失敗だと思う。おそらくは、斬新であり、革新的であり、科学の進歩の恩恵を感じとれる商品にしたかったのだろう。けれども、人々はそれを求めてはなかった。今でも、一部では論争の絶えない調味料だが、大多数の人にとっては、どうでもいいことだろう。美味くて、安くて、安全ならウエルカムだ。奇をてらうイメージはいらない。きっと、『発酵だし』くらいが丁度よかったのである。
これは商品の売り方を拗らせた結果だと思っている。僕も広報を任されている人の端くれだ。過度にハックしようとすると問題が起こる例として覚えておこうと思う。