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#235 ささやかな後押し

十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、現場の仕事もこなす、掛け持ち広報な身分。つまるところ、ゆるくこの仕事に就かせてもらっている。けれども、手は抜かない。おそらく、僕はこの仕事が好きなんだろう。

気が付けば、極めて自然に仕事で文章を作っていた。数年前の僕からは想像がつかない。前職は農家だった。就農を決めた頃から文章は書きはじめていたが、そのクオリティは酷く、僕にとっては黒歴史以外の何物でもない。それでも、続ければマシにはなってくるもので、晩年には伝えたいものも、すくなからず伝わるようになっていた。

理想の姿も持ち合わせていた。先日、部屋の片づけをしていたら、書き悩んでいた頃に購入した一冊の本が出てきた。「すてきなあなたに」。言わずと知れた名著だ。雑誌「暮らしの手帳」を創刊した大橋鎭子さんが綴ったエッセイ集。真似をしたくて買ってみたというわけだ。

なにも文体を真似たかったわけではない。内容も然りだ。僕が真似たかったのは、明言はしなくとも、書き続けることによって表現していくスタイル。僕が勝手にそう思っているだけかもしれないが、そんな文章群に惹かれていたというわけだ。

もちろん、この本を知ったきっかけは、連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。毎日見ていた。十勝へ移住したタイミングだったからか、暮らしに纏わるエピソードへの思い入れも強かったと思う。

劇中で「ささやかな心がけが小さな幸せをうむ」というフレーズがあった​。共感したというよりは、安心したと言う方が正確だろう。大きな幸せを追いながらも、足元にある小さな幸せにも満足してしまっている自分がいたからだ。そのためのちょっとした行動も、「ささやかな心がけ」と言い換えれば、気持ちも楽になった。なにより、小さな幸せに満足することは大切で、大きな幸せを追うことと比べるものではないと、そう教えられた気がした。

ささやかな心がけは、すこし先を生きる未来の自分のために。僕は、そう解釈することが多かった。ここで言う未来は、数年単位の先にある理想や希望を語るものではない。1ヶ月後なときもあれば、10秒後のことだってある。たいして心も揺れ動かない、ひどく現実的な未来だ。そこで生きる僕に対して、ささやかな力添えを心掛けていたというわけだ。

本当にたいしたことしかできない。それが役になるかどうかは不透明だ。けれども、僕は過去の僕に感謝することが多い。その感謝を今の僕で留めることなく、未来へと送り届けている節もある。その循環が心地よく、小さな幸せと感じられた。

語れるほど立派なことはしていない。一番に小さなことをあげれば、それは大きく息を吸い込むことだろう。僕はものぐさだ。例えば、散歩したいときでも、その重い腰は上がりにくい。そのときに欲しいのは、ささやかな後押し。ちょっとでいい。大きく息を吸い込めば、わずかながら腰も軽くなる。僕はそれを、すこし未来の自分のために行った。エールを込めてだ。

仮に上手くいかなくても、未来の僕は今の僕を責めたりはしない。今の僕が過去の僕を責めないからだ。そのやりとりさえも居心地がいい。

大きく息を吸い込む。ささやかだが、それが自身の背中を押すことになる。未来のためにできること。小さな幸せは、そこからやってくる。いつも、過去の僕には感謝しかないのである。

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