





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。先日はイベント出店の仕事をこなしてきたのである。かなり大掛かりなブースとなった。設営時間は、およそ1時間。6人がかりで取り組み、なんとか完成させた。お盆を過ぎた十勝なのに汗だくである。
お客さんの評判は上々であった。たしかにインパクトは強い。おそらく、そのいい影響は、イベント全体に波及していただろう。けれども、問題点もあった。なぜなら、試験的な出店の意味合いが強かったからだ。むしろ、問題点を見つけるための出店である。そう考えれば、満点のイベント出店であったと思っている。
ブース作りの仕上げは、僕の仕事であった。試験的な出店だから、要素を詰め込み過ぎていた節もある。それを成立させるための仕上げでもあった。この点については改善の余地はあったと思う。改善したブースを作る機会も、すぐに訪れる予定だ。そう、次の出店はもう決まっている。故に、僕は次回の出店を見越した分析も自分に課していた。どちらかというと、そっちが本分。ブースが完成したからといって、気を抜いてはいられなかった。
僕はブースから少し離れた位置で観察をしていた。正直に言うと、居場所が無かった節もある。今回のブースは要素を詰め込むために、バックヤードとなる場所も削っていた。店番に数人もいれば、ブース内と外は満員になってしまう。つまるところ、僕ひとりくらいはブースから離れておいた方がよかったというわけだ。
おかげで、多くのデータを得ることが出来た。数字には出来ないし、どこまで行っても推測の域を脱しないが、それでも仮説を建てて改善策を練ることくらいはできた。結局、イベント時間中の半分くらいは距離をとって眺めていた。きっと、僕はこのような仕事が好きなのだろう。眺めながら考えて、足は痛くなったが、楽しいひとときと思えたというわけだ。
そして、僕に課せられた業務は、もうひとつあった。それはブースの撮影だ。資料の収集的にも撮影の必要があった。けれども、気が進まない。周りに人が大勢いるからだ。僕はこの環境が苦手だ。なぜか緊張する。おそらく、撮影している自分を誰かに見られたくないのだろう。故にさっさと済まそうとしてしまう。撮影のための思慮も浅くなる。露出も構図も全てが浅い。妥協もしまくりである。
これは、これからの僕の課題であろう。業務なのだから、この環境でも撮らなくてはならない。一応、画にはなっているが、自己採点すると不合格もいいところだ。数人で撮ったが、あきらかに僕が一番下手くそであった。こんなことでは広報担当は務まらない。抜本的な対策が必要というわけだ。
どうしたもんだろう。万人受けする資料的な写真を目指しすぎているのかもしれない。かといって自分の趣味に走った写真を撮るわけにもいかない。いや、百歩譲ってもらって、そのような写真を求められても、あの環境ではそれすらも撮れない気がする。
これはもう、今までのつけがまわって来たと思うしかない。写真に関しては自分の世界に籠りすぎていた。農家時代の『きのこ写真』のように大量に撮り続ければ、あるていど万人が見ても評価される写真を手短に撮れるようになるかもしれないが、今の被写体は、出会ってからの時間が浅すぎる。まだまだ撮り方の1割も分かっていないのだろう。
せめてもの救いは、写真好きの人がメンバー内にいることだ。僕が撮れなくても彼が撮ってくれる。ありがたい。今は彼に任せて、僕は毎日の撮影で腕を上げることが最善であろう。さすれば、この問題も解決すると思う。大丈夫、時間はまだまだある。その過程も楽しんでいきたい。