





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、他の業務もある。他チームが忙しいときには手伝いにも出かける。先日も、がっつりと外仕事を行ってきた。汗だくになった。着ていたTシャツを絞れるほどだ。水分補給もしっかりと2L以上は飲んだと思う。さすがにヘロヘロで、仕事以外のことは手につかなかった。1週間の期間限定だったが、それはそれで楽しい経験に。そう思えたことが、すこし嬉しかった。
別の週では研修にも出かけた。4日間のそれは、座学が2日で実技が2日。特に確認のための試験も無く、料金も無料ということで、気持ちは軽すぎたのかもしれない。案の定、座学では睡魔と戦った時間もあった。これは申しわけない。せっかくの講義なのに、おそらく聞き逃した部分もあったであろう。ただ、それは僕だけではないと思っていたが、それは間違いであった。
前の席に座る彼は優秀であった。講師の方へのリアクションが半端なかったのである。頷きの大きさ、回数、スピード、そのどれもがお手本を越えていた。講師の方もやりやすかったであろう。ときおり言葉のキャッチボールも生まれていた。広義終わりの「何か質問はありますか?」の問いかけにも、彼は首の全力の横振りで応えていた。
実技の2日間もいろいろとあったが無事に終了。多少の疲れはあったが、日々の業務と比べれば微々たるものだった。おかげで、帰宅してからのごはん作りは、いつもより少しだけ手の込んだものへと。それでも余裕があったので、noteを連続で更新してみたのだった。
前から書きたいと思っていた記事を連続投稿。そのうちのひとつはデリケートな話だから、書こうが迷ったものだった。有料という名の鍵を掛けることも考えたが、いつも通りの公開に踏み切った。そもそも、炎上すらしないであろう。そこまでの影響力はない。仮に多くの人の目に触れても炎上しない自信はある。両端を矛盾なく肯定しているからだ。ちゃんと読んでくれれば分かってくれるであろう。
そこでひとつ思い出した。僕は過去のサラリーマン時代、プライベートな時間は副業に精を出していた。収益も申告が必要ないくらいの少量であったが存在していた。当時の僕は忙しかったが、その理由を忘れていたのである。同時に今のプライベートな時間が、どうも充実していない理由も分かった。
最近になってサラリーマンに戻り、休日の過ごし方に少しモヤモヤしていたが、原因はそれであった。副的な収入があることではない。何かに向かって取り組んでいたことが、プライベートの充実に繋がっていたのである。今の僕は、会社の仕事に全力で取り組んでいるから、休日は完全にオフにしている。土日の堕落も仕事のためと思っていたが、それがダメだったようだ。
多少の無理はした方が楽しい。都合よく会社には複業の許可も得ている。農家の収益がまだあるからだ。それならば、別の複業を考えてもいいだろう。とはいえ、今さらブログや動画で稼ぎに行くことはしない。ハードルが高すぎるからだ。かといって、アルバイトに精を出すのも違うと思う。何か現実的でありながら、希望の持てることに取り組みたいのである。
とにかく、休日の自堕落な過ごし方は変えたい。毎日更新は無理だが、noteに取り組む時間も増やそうと思う。積読している本にも手を伸ばそうか。SNSに触る時間も増やした方がいいのかもしれない。まずはROMに徹して。そんなことを考えていたら楽しくなってきた。やはり、休日は忙しい方がいいのである。