





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、その仕事はまだ少ない。最近になって、ようやく取り組みだした。というのも、すこし勘違いをしていた。当初、僕は仕事を待っていた。久しぶりの雇われの身。アルバイトだし。余計なことをしてはいけない。とにかく指示を待っていた。けれども、もっと自発的に動いてよかったみたいだ。そう思ってからは徐々に自分で仕事を作っていった。
まずは掃除から。一歩踏み込んで取り組んでみた。大掃除であり、模様替えでもあった。目的もある。ちょっとした不具合になる可能性を見つけたから、それを潰すための大掃除であった。おそらく、近いうちに効果が出るであろう。
不具合のある機械の修理も取り組んだ。正解はない。試すように手を加えてみる。頭の中でのシミュレーションは完璧だ。だが、現実は上手くいかない。それでも、諦めずに他の手を考える。すると、上手くいく策に出会えた。100点ではないが合格ラインであろう。引き続き、120点を目指して取り組んでいくつもりだ。
技術習得のための練習もスタートさせた。なかなかに頭を使う。上手くいかない。とはいえ、回数を重ねると、少しづつではあるが、上達を実感できる。機械はアナログの極みのような代物。フィルムカメラやMT車に通じるものを感じた。作法も多岐に及ぶが、それが楽しいのである。
先日は人の集まる会にも出席した。場違いな感は拭えないが、いろいろとお話を聞けてよかった。やはり、人を育てることは難しい。その苦労の端ぐらいは知ってるつもりだ。故に自分から動いた節もある。自分で自分を育てれば、それだけ組織の負担は減るからだ。
僕は、それを前々々職で知った。20代前半。そのときは、会社や組織の苦労は知らずに、ただただ、いたずら心が爆発していただけだが、あとになって思えば、それが功を奏していたのだろう。楽しいと思えることを選んだ方がいい。僕の中での仕事の進め方のひとつにもなり得たわけだ。
そう、人は変わる。僕は元短期転勤族だ。お世話になった職場も10を超える。そこでは、人の変わる瞬間も目撃した。多くは無いが、貴重な体験だったと思う。
あれは入社してから5ヶ所目の仕事場だったと思う。作業員兼アドバイザー的な役割に就いていたときだった。ある日、同僚は事故を発見した。原因は誰かの過失だったと思う。けれども同僚は報告はしなかったらしい。かなり大きな事故にも関わらずだ。あとになって公になったが、その同僚は一切の叱責は受けなかった。
その同僚の上司は、組織の更に上の者から厳しく叱責されたらしい。報告を受ける側の人間が、その環境整備を怠っていたという理由でだ。その噂はすぐに広まった。上司はいい人であったから庇う者の方が多かった。報告を怠った同僚も、深刻に受け取っていた。
その一見以来、同僚と上司の関係性は変わったと思う。周りの人も含めてだ。横にも縦にも近くなった。雨降って地固まるとはこのことだろう。その後は以前にもまして順調に仕事も回った。意識が変わったのだと思う。真面目になったとかそういうことではない。仲間意識が強くなったのかもしれない。
その職場でも、以前から社員教育には力を入れていた。僕が在籍している理由もそれであった。けれども、変わるときは一瞬だ。しかも狙った策ではない。意図せずに変わった。人も組織も成長した。おそらく再現性はないであろう。教育に携わっていた人から見れば歯痒い現実だったのかもしれない。
人が変わる理由は様々だ。まさに十人十色。故に僕は僕のやりかたでいいと思っている。せっかく、再び組織で働けるようになったからだ。自分の変化も堪能しようと思う。もちろん、デメリットはあるが、今はメリットを見つめていたい。おかげで、出社が楽しみだ。月曜日が待ち遠しいのである。