





十勝の田舎町で暮らしている。僕はとある企業の広報担当だ。とはいえ、それは複的な役務。取り組む時間も限られている。それでは、本的な業務は何かと言えば、それは身体を使う作業であり、職人的な技術の習得も含まれている。とりわけ、今の僕の目標は『誤差±0.3mm以内』というわけだ。
なぜ、こうなったのか。思い返せば、起点は1年前だと思う。あの頃の僕は、離農を強く意識していた。諦めを視野に入れつつも、様々な可能性を探っていた。そして、ひとつの策を計画したが、実行する前に御蔵入り。あまりにも他人に期待し過ぎていた。そんな中で生まれ残ったのは好奇心。それを満たすためだけに、とあるオンラインサロンへ入会という名の潜入を試みたのであった。
下心はあった。再就職を考えるときのアドバンテージが得られるかもしれないと。けれども、農家を存続するための期待はゼロであった。
入ってみれば純粋に楽しかった。サロンへ潜入する前に決めておいたことがある。それは、必ずリアルイベントに参加することだ。そうしないと、僕の好奇心は埋められないと思ったからだ。故に、正直に言うと、初回は嫌ながらも義務的に参加を決めていた節もある。けれども、憂鬱はすぐに消え去ったというわけだ。
20代の頃、僕は遊んでいたと思う。いろいろなことをした。試したり、挑戦してみたり、ふざけあったり。その頃と同じ感覚を覚えた。気がつけば、サロン内では打算的な想いも無くなっていた。
自然と僕の農作物にも視線が集まった。守秘義務があるから詳しくは語れないが、農家の再起プロジェクトが立ち上がったのも自然な流れだったと思う。ハードルが高すぎたので上手くはいかなかったが、全力で取り組んだ。時間やお金も使ったし、人に頭を下げることも多かった。
取引先の社長にも協力を求めた。二つ返事で了承を頂いた。「楽しみが増えた」。そう言ってもらえて、プレッシャーを感じつつも、素直に嬉しかった。故にプロジェクトからの撤退を決めたときも、いの一番に連絡した。離農の旨も一緒に。すると、頂けたのは仕事のオファー。僕に手を差し伸べてくれたというわけだ。そして今に至る。
就かせてもらった仕事はおもしろい。恩を返したい気持ちもあるが、それ以上に気に入って続けている。緊急的な措置だったこともあり、当初はアルバイト形式だったが、来月からは正社員だ。
とはいえ、業務は多岐に及ぶ。人手が足りないときは、他部署の応援にもいった。施設管理的な業務もある。広報もそのうちのひとつだ。本業は機械と戦っている。精度の向上も上々だ。そのうち職人レベルに到達するであろう。なかなかにエキサイティングな日々が、僕を待っていてくれたというわけだ。