





ガソリンを入れる日は、いつもと違った道を通る。遠回りではないが、道が細いのと、曲がる回数が多くなるから、いつもは通らないというわけだ。先日もそこを通った。あまり通らない道だからか気分転換にはなる。車窓の景色も若干だが新鮮だ。ガソリンを入れるのは面倒だが、おかげで大した苦にはなってはいない。
161円/L。一時期に比べれば安くなった。ドル円相場も落ち着いている。インフレ率から見れば妥当な価格なのかもしれない。僕が車に乗り出したのは20年以上も前のことだ。その頃は100円/L前後だったと記憶している。そのときと比べれば60%アップ。高いと思えるが、世界基準で見れば平均的。デフレ環境で暮らしてきた僕の感性の方がズレているようだ。
食料品の価格にも慣れてきた。急に値上がると心はざわつくが、それも時間が解決してくれた。当初、買物1回の代金は跳ね上がったが、それもなぜか時間と共に収束した。不思議とレジでの支払額は変わっていない。おそらく、どこかで調節しているのであろう。食べてる量も変わっていない。僕の体重も相変わらずというわけだ。
とはいえ、麺類の食事は増えたと思う。お米が高いということもあるが、どちらかというと、料理をする時間が少なくなったからだ。麺類は楽。茹でるだけで完結する。蕎麦だと『つけ汁』を作ることも多いが、それも楽だ。出汁と醤油で鶏モモとネギを煮るだけで済む。
パスタも増えた。以前は、赤と白の2択で考えていたが、最近は『透明』もよく作る。オイルパスタだ。赤でもポモドーロのときも多い。パスタ一品ではなく、サラダとメイン料理をつけることも多くなった。まさしく、パスタが米の代替品となっている。
おそらく、お米は安くはならないだろう。高値でも売れることが分かったからだ。すこしは安くなると思われるが、以前の水準に戻ることはないと思う。元々、流通コストが高かったのであろう。そこに割り当てられれば、値上げ分は生産者までは届かない。最近の米価格高騰を、僕はそう思っている。
悪循環がはじまったのかもしれない。米の需要が下がる。生産量は減る。供給も減る。価格は上がる。ますます需要が下がる。インフレ率以上に値上がりする可能性もあるわけだ。
心配だが、楽観的な部分もある。輸入という選択肢があるからだ。ライフライン的な食料問題にはならないだろう。自国で賄えられることは理想だが、絶対的な正義ではない。他国とは、頼ったり頼られたりする関係がベターではなかろうか。『過去の過ちを繰り返さない』とは、そういうことだとも思っている。