





十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。けれども離農しようと思っている。そう考えたのは半年前だ。そのためのスケジュールを組んでいた。とはいえ未練もあったのだろう。すこしの可能性が降りてきたので、フルに取り組んでみた。単価を上げられるかもしれない。少なからず時間とお金を掛けたのである。
結論から言うとダメだった。原因は想定の甘さと、資金的な体力不足。そもそも離農の方向で動いていた中での取り組み。タイムリミットは設けていた。その意味では予定通り。次へ向かう時間が来てしまったのである。
故にやり残しも生まれた。乾燥きのこの販売準備は整っていた。初期販売のクラウドファンディングも然り。そこからのフルブレーキとなってしまった。だが、これはいい選択だと思っている。サンクコストにとらわれそうだったからだ。失敗は失敗で処理した方がいい。経費の回収にもコストは掛かる。すこし勿体ないが、スパッと切った方が全体のコスト削減に繋がるというわけだ。
故に、設けたタイムリミットよりも若干早い決断となった。それには他にも理由がある。心が折れたわけではないが、貼り詰めていた糸が切れたのは事実。それは何かひとつの事案があったわけではない。小さなことの積み重ね。最後はサラリーマン時代にお世話になった人との会話だったと思う。優しい言葉を掛けられたわけではなく、厳しい叱責を受けたわけでもない。ただただ僕の中で忘れていた景色が蘇った"だけ"だと思う。
心残りはある。乾燥きのこの販売が出来なかったことだ。値段が高いことを除けば、平々凡々な戦略でいい線を行くと思っていた。そう、できれば市場価格で販売したかった。戦略も必要ないであろう。こつこつと対面で販売していく。生きのこでは上手くいった。あれはおもしろかった。ちょっとずつ認知や人気が増えていくのが楽しい。できれば続けたかった。それが心残りなのである。
とはいえ、後悔は無い。やれることはやった。すこし前に経営者の方がアドバイスをくれたが、それはすべて僕が過去に通り過ぎたことだった。一般的に思いつくことは、やり切ったと思う。規模の拡大には繋がらなかったが結果も出した。高級店に卸し続けられたのは、生産者として合格の証だろう。その高級店と繋がることが出来たのは、営業や広報活動が的を得ていたからだ。
駄目だったところは、それらのすべてを独りで賄ったからであろう。生産と販売の両立が上手く出来なかった。販売に力を入れる度に、生産量が落ちて行った事実もある。高値を付けるしかなかった。
どちらかを誰かに任せればよかったのかもしれない。けれども、そんな人は何処にもいなかった。親方さん達には何度か打診したが、いい返事は聞けなかった。けれども責めてはいない。この状況で奮起する僕は異常だ。断られたが、心底正常な判断だと思っている。
つまるところ仲間がいなかった。これに関しては反省もしている。僕にも落ち度があったからだ。「熱い情熱はありません」。研修時代からこの言葉をよく口にしていた。本音であり、照れ隠しであり、皮肉でもあった。栽培は写真のために頑張っていた。褒められると自虐に走ってしまう。裏表のある農家さんに対してのアンチテーゼ。だが、深層ではもうひとつの意味で使っていたのかもしれない。
離農するときに"言訳"とするための保険を掛けていたと思う。全力で失敗することは恥ずかしいからだ。この言葉を周りに言っておけば軽減されるだろう。今になって考えてみれば、そんな意味もすくなからずあったと思う。どちらにしろ、そんな言葉使っていれば、仲間を増やすことは無理だ。嘘をついてまで情熱がある振りをすることはできないが、わざわざいう必要もなかったであろう。それが反省点というわけだ。
心残りはあるが悔いはない。だからだろうか、決めてからは気持ちも晴れている。「ほっとしている」が本音であろう。そのことに嫌悪感も覚えてしまうが、そこは許してほしい。
思い返せば、多くの方に支えられていた。その恩はお返ししたい。けれども、出来なくなってしまった。現状を知れば誰もが"仕方ない"と思える理由でだ。決して僕のわがままではない。きっと誰もが納得してくれるであろう。そのことについての「ほっとしている」だと思う。いい終焉だと思うわけだ。
僕は先のことを考えながら、まずは写真サイトのリニューアルに取り組んだ。写真活動はどうなってしまうのだろう。毎日の"きのこ撮影"はできなくなってしまった。5年以上も続いたが、まだまだ必要だ。つい先日も新しい発見があった。これを止めたくはないのである。故にサイトをリニューアルしてみたというわけだ。
僕の写真は終わらない。離農してもだ。そもそも、栽培に熱い情熱はない。あるのは『僕の思う最高の一枚』を撮りたいという想いだけだ。きついと言われている農作業も、その想いだけで越えてきた。楽勝だった。ならば離農も越えられるだろう。大きな転機かもしれないが、些細なことだと思っている。逆にチャンスだ。今はそのこと踏まえつつ、この先のことを考えたいのである。