





実は喘息を持っている。大人になってから発症した。季節の変わり目で、咳が止まらなくなる。とはいえ、重度の病ではない。薬を飲めばこと足りる。ただ、息の切れるような運動は避けたい。やはり苦しくなる。気管支が狭まり、喉の奥からは喘息の音も聞こえてくる。そんなときは、お茶を飲みながら回復を待つくらいが丁度いい。10分ほどだ。いい休憩である。故に農作業への影響は軽微というわけだ。
喘息は農家になる前から発症していた。地域おこし協力隊になったときも、すでに付き合いもはじめていた。最初に認識したのは息子の運動会に参加したときだ。父である僕も競技に参加したのである。
種目は騎馬戦。とはいえ、馬は簡略されたものだ。騎手を含めて4人で戦うものではない。ふたりで作る騎馬。つまり”おんぶ”。親が子をおんぶする。そのスタイルで戦った。
僕は負けず嫌いだ。おまけにいたずら好き。学校の行事とはいえ手は抜かない。事前にシミュレーションも行ってきた。おそらく周りは適当に参加するだろう。なんなら早く負けたいと思っているかも知れない。
とはいえガチ勢は必ずいるだろう。僕の想定では4~5組だ。そことは当たらないようにしたい。なぜなら制限時間があるからだ。負けない戦略が正解であろう。生き残ることを目標とし、その上で弱い騎馬の帽子をとる。目指すは撃墜王というわけだ。
ならば必要なのは機動力であろう。それと俯瞰視点だ。必要なことは死角を作らないこと。常に空きスペースへと繋がる道を探して逃げ回る。そのためには全方向へ移動できた方がいい。
僕は元ハンドボーラーだ。草野球チームではセカンドを守ったこともある。ステップ技術は持ち合わせていた。将棋で言えば『金』である。おそらく周りは『歩』であろう。ガチ勢と言っても『香車』である可能性は高い。勝ち筋は見えたのである。
戦いがはじまった。味方は前進をはじめるが、僕だけは後方へ進んだ。戦況を俯瞰で見るためだ。敵のガチ勢もここでチェックしておく。僕はサイドステップで敵の後ろへと回り込んだ。やる気のない騎馬の帽子を、背中の息子が後ろから刈り取っていく。
激しく戦わないにもかかわらず、撃墜数だけは伸びていった。けれども騎馬の数が少なくなると状況は変わる。数組のガチ勢にロックオンされてしまった。絶体絶命のピンチ。とはいえ、空きスペースへ続く道は見えている。僕はバックステップからの回転とサイドステップで突破を試みた。
ガチ勢の攻撃はかわせた。だが、あと3歩のところでヘマをした。状況確認を怠ってまで移動したツケだ。誰かのお母さんにタックルをかましてしまったのである。
単に衝突しただけではない。当たる瞬間にフルブレーキをかました。僕の運動エネルギーのすべてがお母さんへ伝わっていく。「あああれぇーーー」。彼女はそう言いながらふっとんだ。
そこで競技は終わった。僕は撃墜王になれたのだろうか。だが、そんなことはどうでもよくなっていた。お母さんに平謝りする僕。笑って大丈夫と言ってくれたが、心配でその後の記憶はあやふやになってしまった。
気が付けば、父兄の観覧席に座っていた。切れた呼吸は戻らない。吐き気すら覚える。やらかしたストレスと思っていたが、どうやら違うようだ。頑張りすぎたのである。しばらくして落ち着いてきたが、喉からの異音は続いていた。水を飲んでも治らない。家に帰ってから調べてみて分かったが、どうやら喘息らしい。はじめて自分の喘息を認識したというわけだ。
それからというもの、激しい運動は自重している。とはいえ、そんな場面はそうそうない。農作業ではいいリミッターになっている。喘息が出ないくらいのペースの方が長くやれるので丁度いいというわけだ。人に迷惑をかけることも無いだろう。人を吹っ飛ばすのはもうこりごりなのである。