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#200 怒れば上手くいく

天気予報に大雪マークが付いたが、時間とともに大雨マークへ。けれども、そのときが来ると大粒の雪で道路も真っ白。おまけに雷も鳴る始末。積もった雪のせいでハウス内も薄暗い。薪ストーブの出番だ。久しぶりである。ハウス内にある薪も無くなってほしかったから丁度いい。なにより炎は和ませてくれる。今日も佳き1日がスタートしたというわけだ。

xにも呟いた。『雷つきの雪☃️』。写真も載せた。ハウス前の通路は定番の画。毎日の農園風景。元々はInstagram用に仕事として撮っていた。同じ画を、遠くで暮らしている母にもLINEで送っていた。生存確認のためだ。今ではそのために撮っている。仕事としては撮っていない。それをxにも載せた。

不得意はぶっ飛ばせなかった。今の僕のSNSアカウントに、最盛期の影響力はない。残ったのは見せかけのフォロワー数。その大半はすでに動いていないようだ。

不得意も仕事として割り切ればやりきれる。そう思っていた。実際に結果も出せた。だが、想定していたより規模は小さかった。見込みが甘かったのだろう。そこからの"もうひと踏んばり"は出来なかった。くだらない美学もあったと思う。

SNSで注目を集めたければ怒ればいい。『声が大きい』とはそういうことだ。同じ想いを抱いている人からは共感を得るだろう。対となる想いを抱いている人からは批判の声が飛んでくる。無関心な人も、怒ってる人を見れば、なだめたり、焚きつけたりしたくもなる。つまりは、全方位の人から関心を集められるというわけだ。

僕はそれを否定しない。むしろ尊敬する。そもそも、それらの行為も伝えるための努力だ。そう認識している人も多いであろう。試験勉強として暗記している学生と同じだ。あれは脱法行為。合法的なカンニング。だが、その努力と最終目的を見れば尊敬に値するというわけだ。

僕はそこに踏み込めなかった。美学やプライドといえば聞こえはいいが、単に人の目が気になって動けなかっただけであろう。だが、それだけではないと思う。怒り続けることもまた難しく、そこにも努力や工夫が必要だからだ。

そもそも人は変わる。諸行無常というやつだ。環境が変われば考え方も変わるだろう。怒りも消える。時間が経てば尚更だ。納得できるロジックのひとつやふたつ、問いを抱えていれば自然と生まれる。それでも怒り続けるには、強い信念と目的意識を持ち続ける努力と工夫が必要というわけだ。

そしてこれには落とし穴がある。気持ちいいのだ。自分の大きな声に自分が取り込まれてしまう。カウンター思考というものだ。人の持つ業であろう。まさに自由の奴隷。これは僕の主観だが、カウンター思考に浸かっている人を『幸せそう』と見ることはできない。

過去に似た経験がある。後になって思い返してみれば、あの頃の僕は、軽くカウンター思考に囚われていただろう。得たものは少ない。失ったものの方が多いと思っている。凡人が大きな声をあげたところで、そうなることが関の山。それを利用しに来る者もいる。いいカモだ。軽い気持ちで大きな声を上げても、いいことはないのである。

故にSNSは苦手というわけだ。天気の報告と写真を載せるくらいが丁度いい。この文章を書いているうちに、雪は雨に変わり、そして止んだ。ハウス内も明るくなった。ダラダラと進めていた農作業も終わる。そこに怒りはない。

こんな僕に興味関心は集まらないだろう。けれども、それでいい。いや、よくない。けれども、仕事のためでも、今後とも意図的に怒ることは避けたいと思う。

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