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#186 坊主とモヒカン

僕はすこし変わっていたと思う。野球部でもないのに坊主だった。そのことが周りと違うと気付いたのは中3の頃。もうすぐ高校生になる頃だ。はじめて床屋へ行ったのもその時期で、えらく緊張したことを覚えている。とはいえ色気づいたわけでもない。普通になる。坊主からの卒業。あの頃の想いは、ただただそれだけであった。

デビューが遅かったからか、僕は床屋が苦手だった。それは大人になってからも変わらない。沈黙が苦痛なのだ。なにも喋らない店員さんならいいのだが、中途半端に話しかけてくると苦痛を感じる。ずっと喋り続ける人もいたが、それはそれで苦痛は無いが大変さはあった。

そう、転勤するということは床屋も変わる。僕は過去に短期転勤族であった。転勤は楽しいが床屋の変更は望んでいなかった。それでも、気に入る床屋に出会ったこともあった。だが、気に入らない床屋にも出会ってきた。そんな床屋は二度と行かなければいいのだが、また新たな床屋へ行くリスクを考えると、少々のことは我慢して通い続けていた。

そこはすこしお洒落な床屋だった。だが床屋だ。美容院ではない。顔剃りをしてくれるし、肩や頭のマッサージもしてくれる。だが、美容パックもしてくれた。眼と鼻と口用に穴の開いた紙を顔に乗せられる。紙は美容液を多く含んでいた。ひんやり。すこしびっくりしてしまう。なにより笑ってしまう。パックをしている自分の顔を想像してしまうのだ。けれども笑ってはいけない。いろいろと迷惑になるだろう。僕はずっと我慢をしていた。お洒落な床屋は苦痛も多いのである。

別の床屋のオーナーは、とにかく喋る人であった。近所でもあったため、話の話題もプライベートなものになる。いろいろと聞かれることが多かったが、秘密を守るために嘘もついてしまった。もう墓場まで持っていくしかない。けれども別の話で矛盾が生じ、僕の嘘もバレそうになることもあった。やはり嘘はよくない。けれども必要だ。リラックスはできない。矛盾を生まないために、僕の頭は常にフル回転。そこの床屋へ行くということは、スパイミッションを成功さえることと同レベルであった。

そんな床屋ライフも、あとになって思い返せばいい思い出。床屋へ行くことが億劫になるまでのストレスは無かった。ただ、あそこの床屋は例外だった。唯一、2度目は無かったのである。

「任せまーす」。僕からのオーダーはそれだった。いつもそうである。長さくらいは指定するが、細かいことは基本的にお任せ。それで困ることも無かった。だが、そこは違った。

「モヒカンにしてみようか」。ちゃんと断った。けれども聞き入れてもらえない。すでに何重ものカバーを着せられ、僕はテルテル坊主。席を立つのも困難な状態だ。説得を受けている。けれども折れるわけにはいかない。モヒカンは嫌だ。やりとりの最中もモヒカンの準備は止まらない。理屈を使って断ったが通用しない。僕の心は折れてしまったのである。

「すごい似合うよ!」。モヒカンと言ってもソフトなやつだ。セットしなければ分からないかもしれない。けれども問題はそこではない。無論、似合えばいいということでもない。だがしかし、僕は肯定的に捉えようと必死であった。

髪を切り終えた僕にはレギュラーコーヒーの一杯が提供された。かなしいかな、美味しかった。それでも、早く帰りたいが、熱くて飲み干せない。その間、ずっと喋りかけられていた。いい人に思えた。モヒカンにしてくれてありがとう。もしかしたら、僕の新たな一面を見せてくれたのかもしれない。そんなことすら思いはじめていた。

だが、家に帰ってから冷静になると、怒りは無いにしろ、感謝も無かった。感覚としては事故に遭ったよう。2度目は無いと思ったのである。

僕はすこし自分が怖くなった。なぜ肯定的に捉えようと必死だったのか。なぜいい人と思ったのか。それは経験してみないと分からない。人の心理は不思議だ。自身をコントロールできない場面は多い気がした。

そんなことを考えられたことに関しては感謝もしている。何事も経験だ。不必要な経験はない。けれども、2度目は無いのである。

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