





Photo No. 2 24 October, 2015
会社には内緒だった。転職に関係するからだ。僕は2泊3日でこの町に訪れていた。内緒だが嘘はついていない。会社には旅行へ行くと伝えていた。目的は農家の見学であったが、景色を確認もしたかったからだ。これは転職とは関係ない。移り住む前の確認でもあるが、純粋に撮影を楽しんだ節もある。それはもう、観光旅行と言ってもいいだろう。撮影は早朝を利用した。そこには想像を超える絶景が広がっていた。ここに住めばいつでも撮れる。その景色は移住を考える僕の背中を押してくれていた。
Photo No. 7 12 March, 2016
地域おこし協力隊の面接を受けるべく、僕は5ヶ月ぶりにこの町を訪れていた。十勝へは前日に入り、写真も多く撮影したが、翌日の面接日も撮影した。面接はもうすぐはじまる。遠くへは行けない。故に街中を撮影した。おそらく通うことになるであろうスーパーも被写体となった。北海道らしくない写真。けれども気に入っている。面接前で緊張もしていた。その中で撮影した写真だから思い入れも深い。今になって思えば、いい気分転換になっていたのであろう。おかげで面接は上手くいったのである。
Photo No. 16 8 April, 2016
地域おこし協力隊になりたての頃、僕は椎茸を撮影しはじめていた。場所は勤務先の栽培施設。休憩時間に許可をもらい撮影したわけだ。ひとりにさせてもらったが、なぜか緊張していた。普段と比べると撮影も事務的だったかもしれない。おそらく、そこは私有地で誰でも入れる場所ではなかったからだと思う。僕はそのような場所では撮影したことが無かった。空気に重ささえ感じる。おかげでボツ写真を量産。とはいえ、お気に入りの1枚は確保できた。100点には程遠いが及第点ではある。いや、そう思いたい。何にせよ、僕の記念すべき『最初の1枚』になったというわけだ。
Photo No. 37 4 May, 2016
それは『伏込み』と言う作業だった。森の中で原木を組み並べていく。相当に難しい。何度も崩壊した。その度に組みなおす。結局、終わるまでに完成形の3倍の量は組んだのではなかろうか。おかげで上手くなった。だが油断はできない。次の日に確認すれば崩れてることも多いからだ。この作業をキャンセルしている農家さんは多い。実際にやってみれば納得もできた。大変なのである。けれども僕はキャンセルしない。微生物学的な観点から見れば、この作業は『任意』ではなく『必須』だからだ。おまけに被写体としてもいい。僕にキャンセルという選択肢はないのである。
Photo No. 67 11 August, 2016
移住して5ヶ月。研修は続いていた。まだ栽培の全体像は見えてこない。新たな作業を覚えることに必死だったからだ。山にも入った。夏の間にミズナラの間伐準備を進めるためだ。その道中の景色は圧巻だった。驚きすぎて笑ってしまった。観光情報は隅まで調べていたが、そこは載っていなかった。もちろんwebにも写真はない。まさに隠れスポットだろう。僕はそこへ通うことになった。北海道の夏の朝は早い。仕事のある平日でも余裕で撮りに行けてしまう。青い空に広い草原。おまけに僕の影はブロッケン現象気味だ。情報が渋滞してしまったが、お気に入りの1枚となった。この仕事に就かなければ、この写真と出会うことはなかったであろう。あらためて、転職を決めたあのときの僕に感謝したいのである。
Photo No. 143 29 January, 2017
十勝に移住してから10ヶ月が過ぎていた。季節は冬。雪には慣れたが、その景色にはまだ慣れていなかった。僕は関東生まれの関東育ち。雪との接触は少なかった。憧れも強い。故に短期転勤族となり雪国を転々としたが、何処も楽しく暮らせていた。仙台市、山形市、岩見沢市。そして、十勝の雪景色も飽きない。定住していてもだ。雪の量と頻度も丁度いい。降雪が珍しくないから、写真もいろいろと試すことができる。雪原に1本の杭。定住してよかった。でなければ、こんな写真は撮れなかったであろう。
Photo No. 394 26 July, 2018
地域おこし協力隊の任期は3年。僕は最終年を迎えていた。ミッションは生産組合を盛り上げること。僕はヘルパー的な取組みで生産量を増加に転向させた。それが2年目の成果だった。次は抜本的な解決策が求められる。生産農家を増やせばいい。故に3年目は自身の就農準備を行わせてもらえることになった。ビニールハウスの建設も行う。お金が無いので外注はしない。整地もだ。予定地には木も立っている。故に伐倒からはじまった。できるはず。すべてが経験済みの作業だったからだ。大きなプラモデルを作ると思えばいい。おかげで、2ヶ月後には立派なビニールハウスが建ったのである。
Photo No. 1,649 3 April, 2019
十勝に越してから3年が経過。地域おこし協力隊は満了し、間を挟まずに就農した。榾木が少ないから生産量も少ないが、それでも毎日の収穫は出来ていた。収入の面で心細いが、補助金の申請が通ったので、しばらくは続けられるだろう。栽培の試行錯誤はもちろん、売り方も考えなくてはならない。組合に卸せるが、それに頼っていたら続けられなくなると思う。単価が低いからだ。売り方の選択肢は多くある。web販売から6次産業化まで。とはいえ正解となる方法は分からない。故に、とりあえず全てを試してみるつもりだ。
Photo No. 3,447 29 March, 2020
就農してから1年が経とうとしている。栽培は順調だ。販売方法もいろいろと試せた。ブランドを立ち上げてのweb販売。新聞等の取材も受けた。町の公民館で写真展を開催したが、それは直売所の宣伝にも繋がるだろう。去年末に小さなビニールハウスを建てた。薪小屋にする予定だったものだ。それを直売所とする。冬の間に準備を進めてきた。4月からOPENの予定だ。だが、予想外のアクシデントが起こった。新型コロナの流行である。不急不要の外出は自粛の雰囲気だ。緊急事態宣言が出ればどうなるか分からない。なかなか上手くいかないものである。
Photo No. 5,327 13 March, 2021
就農2年目も終わろうとしている。栽培は順調だ。1年目より2割ほど多い収穫量だった。生産組合に卸す量も、組合員の中ではダントツの1位。地域おこし協力隊時代には見たことのない数字を計上した。だが売り上げは1年目より下がった。どうやら生産組合で捌ける量を超えてしまったらしい。多くの椎茸が価格の安い市場へと流れてしまったようだ。僕は運営方針を変えた。品質重視。美味いと評判の品種に切り替えた。だが栽培は難しい。扱っている農家さんは少ない。扱っていても上手く栽培できていない農家さんも多い。けれども大丈夫。僕の栽培方法は基本に忠実すぎて珍しくもなっていた。栽培が難しくても問題無いであろう。
Photo No. 6,205 3 August, 2021
榾場となる森は栽培ハウスの横にある。当初はジャングルのようだったが、笹を刈って雑木を切倒せば、気持ちの良い森になった。広いとも思っていたが、伏込む榾木が増えると手狭とも思えるようになってきた。季節は夏。大量の榾木を組み変えていく。天地返しと呼ばれる作業だ。大変だが時間に余裕があれば楽しさも覚える。1日の大半を森で過ごすのも悪くない。
Photo No. 7,185 11 February, 2022
景色に飽きたわけではない。気が付けば椎茸の写真ばかり撮っていた。以前は風景も撮っていたのに。今では榾場の森をたまに撮るだけで、そのほとんどが椎茸になっていた。カメラが変わったことも大きいと思う。クラウドファンディングで椎茸カレンダーを売ってみたが、その支援金で手に入れたカメラだ。レンズは僕のメインカメラであるPENTAX67のものを使っている。相性が良い。毎日撮れる。サイトに公開している写真も7,000を超えた。椎茸農家になって、本当によかったと思う。
Photo No. 7,853 30 June, 2022
直売所を閉鎖した。売上は出ていたが、費用対効果が薄すぎた。仮にMAXの売上でも農園の経営は安定しない。リピートしてくれているお客さんには申し訳ないが、早めに決断して別の策を講じなければならなかった。とはいえ、思いつく方法はやり尽くしていた。すこし休憩しようと思う。他の事業も整理した。今は栽培の方に力を注ぎたい。この秋からは栽培の難しい菌種の収穫がはじまる。やっとだ。まずは栽培を安定化させる必要があるだろう。しばらくは栽培と写真を楽しもうと思う。
Photo No. 9,176 26 April, 2023
写真展を行うためのクラウドファンディングだった。準備は万端。あとは審査を待つのみ。そこからのフルブレーキとなった。その意欲を椎茸販売に向ければいい。そのことに気付いたのである。農園のコンセプト設計からはじめた。ロゴを作り、サイトとリーフレットも作った。広めるためにイベントにも参加した。ブランド椎茸の販売を兼ねたクラウドファンディングも行った。結果はぎりぎりの黒字。継続は難しい。失敗と思っている。なかなか上手くはいかないものだ。
Photo No. 10,638 18 March, 2024
農園の状況はあまりよくない。だが、それは僕だけではなかった。撤退する農家さんも多い。原木価格の高騰や供給不足が原因だろう。椎茸の単価もなかなか上げ難いみたいだ。僕は経費削減にも取り組んでいた。原木に植える駒も、珍しいほどに少なくしている。通常は40個/本ほど。60個/本を超える農家さんも珍しくはない。けれども僕は平均27個/本だ。今年の春は部分的に21個/本も試してみるつもり。おそらく大丈夫。昔はそうだったらしいからだ。もちろん工夫も必要だが、それも構築できている。まだまだ経費削減も進められそうだ。
Photo No. 10,902 29 May, 2024
離農を考えていた。けれども、まだやれることはあるかもしれない。とはいえ、いい案は浮かばない。僕はすこし遊んでみることにした。帯広の公園で写真を撮ってみた。久しぶりに町外でフィルムを使った気がする。何年ぶりであろうか。楽しかった。その後も最低限の農作業をこなしつつ、いろいろと遊んでみた。すると、なぜか東京の高級店と繋がることができた。狙ったものではないが営業としては大合格だろう。栽培も順調で評判もいい。離農するにしても悔いはないのである。
Photo No. 11,437 26 November, 2024
僕は海辺の町で写真を撮っていた。訪れた理由は他にある。もしかしたら椎茸栽培を続けられるかもしれないからだ。僕の栽培を応援してくれる方は大勢いる。言葉だけでなはくて、すくなからず動いてくれる方もいた。ありがたい。たしかに僕が辞めてしまったら、失われてしまうものもあるかもしれない。ならば、すこしの可能性を信じて動いてみる価値はあるだろう。この景色が僕の背中を押してくれる。