





医療系の研究施設で働いている。場所は田舎だ。実家からも遠い。けれども頻繁に帰っている。地元の草野球部に所属しているからだ。僕の一言から始まった野球チーム。その責任からキャプテンとなった。幹事という名の雑用係でもある。仕事は多かった。だが、手伝ってくれる者もまた多かった。所属選手も20名を超えていた。まあまあの世帯である。
だが成績はぱっとしなかった。もともと未経験者の寄せ集めチームなので仕方ない。意識の違いもあった。マンネリ感もあったのだろう。ここに来て争いも生まれた。マジョリティは、声の大きい者を鬱陶しくも感じる。共通の目的を作るために公式トーナメントにも出場したが、逆効果だった。申し訳ない。亀裂は大きくなる一方。争いの種はいつも「自分が正しい」と言われているが、まさにその通りだった。
マジョリティの視線に気がついたのか、声の大きい者は自ら去ってくれた。けれども一度事切れた情熱は戻っては来ない。悪い意味で皆が冷静になってしまったのである。そのタイミングで僕はキャプテンの座を誰かに変わってほしい旨を伝えた。
誰も異論はなかった。すぐに立候補してくれる者もいた。どうやら先の争いを経て、僕の株は上がっていたようだ。個別で話を聞いたり相談に乗っていたことの結果だった。「こっちに帰ってきたら遊びにおいでよ」。そうも言ってくれた。
そう、僕は引っ越しをする。会社の人事異動があるのだ。今回の行き先は遠い。毎週末に帰ってくるのは不可能だろう。だがチームに席をおいておくことにした。辞める辞めないを決めることにあまり意味はなさそうだからだ。それくらいにチーム運営は緩くなった。それくらいがいいと思う。だが、僕は「ありがとう」とだけ伝えておいた。
今回の異動は僕のわがままだ。歳は28にもなっていた。ここに4年もいたことになる。そろそろ新天地での刺激がほしい。僕の興味関心は写真に強く向いている。この地を撮り尽くしたわけではないが、何かを得られるのであれば異動だってする。山に行った、海へ行った、川へ行った、街へ行った。その延長線で異動もする。拠点が変われば得られるものも変わるだろう。その想いで異動願を出したのだ。
やはり後任者はすぐには見つからなかった。異動願が受理されてから半年後、ようやく後任者が決まったとの連絡を受けた。「すっげーバカな奴がいくから完璧なマニュアルだけ準備しといてくれ」。営業部の部長は電話で僕にそう告げた。望むところだ。
そして後任者がやってきた。背の高い兄さん。海外赴任を経験した人らしい。シンガポール帰りだ。英語も普通に喋っていた。そんな英語兄さんは、やはりバカだった。理解のポイントがズレていることが多い。幸先が不安である。だがマニュアルは完璧だ。彼が理解できなくても僕を責める者はいないだろう。
引き継ぎは、例のごとく1ヶ月。遊び方も引き継ぎ事項に入れておいた。最終日には送別会も開いてもらえた。今回の引っ越しは業者に任せてある。準備も完璧だ。
「何かあったら俺に連絡しろ」。部長からの伝言であった。次の職場は部長の管轄外らしい。言葉の口調がいつもと違った。すこし不安になったが気のせいであろう。気持ちはすでに新天地へ向いていたのである。