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タモツの日記
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#52 ささやかな抵抗

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今日からお世話になる職場は4ヶ所目。引っ越しを伴う異動であったが慣れたものだ。会社から与えられた引越休暇は3日間。すでに消化済みだが手続き等はオールコンプリートである。

新しい職場に引率してくれたのは総務部の課長だった。いつもなら営業部の部長なのだが、この事業所に限っては違うのである。忙しい営業部を助けるために総務部の課長が担当者となっていた。

初対面だった。営業部の人は現場で会う機会もあるが、総務部の人は本社にいかなければ会うこともない。「さすが落ち着いてるねー」。僕は28歳だ。アラサーである。加えて異動も慣れた。本当は内心ドキドキだが、外からはそう見えるかもしれない。しかし課長のそれは嘘っぽかった。

僕ら現場の人は会社の商品だ。取り扱いにも注意が必要。おそらくマニュアルがあるのだろう。嘘っぽく聞こえてしまっても仕方はない。それでも課長は僕を持ち上げてくれる。正直恥ずかしい。持ち上げられて恥ずかしいのではない。その課長の空回り具合が見ていて恥ずかしいのだ。そんな空課長に案内され、初日からお仕事はスタートした。

人数が多かった。20人弱はいる。けれども居室は静かだ。誰もがPCに向いている。違和感を感じた。どうやら私語が禁止されているらしい。見れば僕よりも若い人が集まっている。それなのに活気はなかった。

一番下っ端の仕事に就いた。延々と同じ動作を繰り返す作業だ。午前中ずっとだ。僕の一番得意とするものである。「一番下っ端の仕事」とは彼が言った。この事業所を束ねるリーダーがそう言ったのである。どうやらこの作業には修行的な意味合いもあるらしい。やらかした者の禊的な作業でもある。つまりこの作業者は周りから「惨め」に見えるらしい。

そう、この職場にはヒエラルキーが存在していた。意図的に作り出された格差がある。給料とは関係の無い役職も多数存在していた。僕の所属している「お掃除係」は中間層。上には「研究助手」のチームがいる。そして下には「洗物係」だ。同じ会社の社員ではあるが居室は別。社交辞令以上の交流はない。仲も悪そうだった。

お掃除係のリーダーが僕の上長となる。リーダーの下には女性2トップが君臨していた。「私たちは泣きながら頑張ったの」。それが彼女らのアイデンティティである。つまりは「だから君たちも泣きながら頑張れ」と言いたいのだろう。

2週間の修業が終わった。正直に言うとずっと惨めな作業を続けたかった。けれどもそうはいかない。いくつかの部屋を任されてしまった。あとから知ったが、かなりハードなシフトだったみたいだ。作業のスピードには自信がある。弱音を吐かずにこなしていたら、いつのまにかそうなってた。どうやらいじめられてるらしい。もちろん助っ人システムは無い。勝手な手伝いも厳禁。それでもなんとかこなしてしまった。さぞかしリーダーはおもしろくなかったのだろう。

なにも当たりが厳しいのは僕だけではない。新参者は皆がそうであった。故に脱落する者も多い。1ヶ月で9人が去っていった。それと同じ量の人が新参者としてやってくる。人の回転スピードが異常だ。問題である。おそらく皆が分かっている。けれども誰も口にはしない。そういう職場だった。

仕事がつまらないのである。思えば僕は恵まれていた。新卒で配属された職場では、無口ということで問題児ではあったが、先輩方は決して見捨てはしなかった。次の職場では僕を上手く使ってくれて活躍もさせてくれた。独り現場に配属されてもオーナー側がもてなしてくれていた。僕は運が良かったのである。

ここでの僕の役割はなんだろう。与えられたタスクをこなすだけではないはずだ。できれば仕事を楽しくしたい。それを周りに御裾分けできたら御の字だ。手始めに少しだけ反抗してみた。ルールの穴を突いて私語厳禁を破ってみたのである。

僕は洗濯物係にも任命されていた。洗われた作業着を折り畳んで各所に振り分ける業務である。これも「惨め系」の作業だ。でも、そこに穴があった。作業を行う部屋は奥まったところにある。基本的には誰も来ない。僕はそこを雑談部屋とした。相方はいた。真面目な眼鏡の女の子である。眼鏡さんは大人しい。けれども話をふれば言葉は増える。わざと作業を遅くして雑談の量を増やしていった。

洗濯物係の作業は、勝手な手伝いも可能だった。サビ残でこなす作業だからだろう。故にルールも甘かった。徐々に雑談仲間は増えていった。「あそこは雑談部屋になっているらしい」。そんな噂は都合よく下っ端に広まったのだ。同僚のほとんどが独り暮らし。退社時間が遅くなっても構わない者も多くいる。内緒話ができるのならばと、洗濯物の仕分けを手伝ってくれる人が増えていったのである。

やはり職場の異常には皆が気付いていた。だがこんなものだとも思っているらしい。外の世界を知らないのだ。僕はいろいろと喋った。迷いと葛藤はあった。どうにもならないのであれば知らない方が幸せなこともある。それにリーダーにはリーダーの考えもあるだろうに。

それでも喋った。僕だけが外に出る方法を知っているからだ。少なくとも洗濯物チーム員には、その選択肢をおすそ分けしたい。それが僕のささやかな抵抗だ。本当は仕事量をどうにかしたい。でも今は耐えるしかなかったのである。

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