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タモツの日記
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#124 見知らぬ景色がそこにある

朝はまだ暗いうちにモノレール。夏が過ぎたとはいえ、場違いなダウンジャケットを着込んだ。飛行機に乗るからだ。向こうの気温は10℃台だろう。朝方には一桁を記録しても不思議ではない。案の定、千歳空港に降り立つと、そこには寒さがしっかりとあった。

アポ取りはメールで行った。役場の地域戦略室。親方となるだろう人の電話番号を教えてもらった。あとは直電。日取りと時間、待ち合わせ場所を設定しておいた。14:30に町の駅。少し遅れてきた親方さんは、思ったよりも若く見え、50代半ばには見えなかった。

地域おこし協力隊員として北海道へ移住する。それが僕の描いたシナリオだった。募集要件は農家の担い手。農業研修をしつつ、地元の生産組合を盛り上げるというもの。3年の任期を全うした後は就農するつもりだ。

都会暮らしからの脱出と、写真と向き合える時間の確保。それ以外にもメリットはたくさんある。とはいえ、いきなり決める無謀さは持ち合わせていない。故に事前の見学と相談が必要だった。今回の訪問はそれが目的なのである。

親方さんは、すこしだらしなかった。栽培ハウスの中は、きれいに整理整頓されているとは言い難い。車も然りで、ガソリンも足りておらず、道中で慌てて給油。ガス欠寸前。正直「大丈夫か?」と思ってしまった。

だが、いろいろと聞いて納得してしまう節もあった。親方さんは運の悪い人。要領も悪い。良い人だから尚更だ。上手くいかないことも多いのだろう。それが普通になってしまっている。なんとかしてあげたいが、今の僕には何もできなさそうだった。

栽培品目は「きのこ」。一通りの仕事は体験させてもらった。想像通りである。おそらく得意だ。単純作業のルーチンワーク。さしずめライバルはロボットだ。知識の取得も問題ないであろう。生物学は得意分野だ。微生物の教養も少なからずある。そこそこのアドバンテージにはなると感じた。

抱えている課題も把握した。簡潔に言えば『所得が上がらない』、『資材の供給不足』、『地域に根ざした技術の喪失』。なかなかハードだ。解決策もスタンダードなものしか浮かばない。おそらく、それでは駄目なのだろう。それで解決するのであれば、すでに誰かがやっている。この地域が抱えている課題は、僕の想像より数十倍は深刻と思えた。

けれども、親方さんは諦めてはいなかった。曰く、都会でも勝負できる自信はある。けれども、収穫量が足りてない。故に仲間が欲しい。とはいえ提案者や企画者はいらない。欲しいのは生産者。まずはそこからはじめたい。親方さんはそうも言っていた。

親方さんの言葉は続いた。だからタモツ君には来てほしい。けれどもハードルは高い。経済的な問題があるからだ。強くはお願いできない。協力隊の任期は3年ある。その先のことは保留でよい。協力はするが、協力できないこともある。それでも良ければ来てほしい。

僕はこのシナリオを進めることにした。親方さんに誘われたからではない。おそらく社交辞令的なものもあるだろう。それを鵜呑みにしてはいけない。理由は他にある。

サンプルとして”きのこ”をもらったのだが、食べたら美味しかった。僕は短期転勤族だ。日本の各地を転々と渡り歩いた。美味しい物にも多く出会った。もちろんバイアスは掛かっているだろう。けれども、それを差し引いてもレベル高く美味しいと思えた。僕は僕の舌を信じることにした。

親方さんがだらしなかったのも、シナリオを進める要因となった。この産業に伸びしろがあるからだ。おそらくやれることは多くある。もしもしっかりした人だったら躊躇していたかもしれない。埋められる余白が無いからだ。どちらにしろ僕は親方さんを超える必要がある。その意味では、親方さんのだらしなさも、あまり関係はないだろう。

そして写真も多く撮れた。広い畑と青い空。シンボルツリーと砂利の道。防風林とアスファルト。十勝の景色は半端ない。知ってはいたが、想像以上だ。撮ったどれもがお気に入りの一枚となった。だが、まだまだ撮り足りない。きっと見知らぬ景色がそこにある。新生活を想像すると、ブレーキは踏めなくなっていた。

帰宅後、次の日、僕は何食わぬ顔で出社した。「おはよー」と、そこには凡君と飛子さんがいる。おそらく、僕の機嫌はいつもの2倍増し。頬も自然と緩んでしまう。退職の話はまだ黙っておこう。めんどくさいからだ。僕の気持ちは既に十勝へ行っているのである。

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