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#95 炊飯器は捨てた

医療系の研究施設で働いている。僕は短期転勤族だ。今の事業所は8ヶ所目。移り住んで早々に大震災に遭遇した。震度6強の揺れ。電気は4日で回復したが、水とガスは節約を迫られている。水はいつ止まるか分からない。ガスはアパートの共有プロパン。なるべく使わないことがベストだろう。

地震の当日はお菓子を食べて乗り切った。次の日は冷えない冷蔵庫の中身を空にしたかったので割と豪勢。水とカセットボンベを緊急用に備えていたので、不便だが調理することは可能だった。

近くのスーパーも開店してくれた。朝から行列に参加する。2時間ほどの待ち時間らしい。けれども殺伐とはしていなかった。周りから話し声は聞こえる。やることがないから並んでいる人も多いみたいだ。

スーパーは入場制限が設けられていた。そのための行列だった。購入制限もかけられた。おひとりさま15点まで。それが多いのか少ないのかわからない。とりあえず買えるものから今後の戦略を考えたい。僕も『調達』というよりかは『偵察』の意味合いが強かったと思う。

ようやく入店。商品の奪い合いは起きてはいない。皆が紳士淑女だった。というよりも、カップ麺やレトルト、お菓子類は売り切れていた。残っているものは微妙な食材と調理が必要な物。『味付けいなり』の前で悩む人が多数。猫用の缶詰と醤油を買っている人がいたが、いらぬ想像をしてしまった。

夫婦で買い物に来ている人もいた。『あんたパイナップルなんか買わないで!』。怒られている。だが怒る方の気持ちも分からないでもない。僕はというと卵とズッキーニ、半解凍された海老、ショートパスタ、牛乳、バター、薄力粉、等々、制限いっぱいの15点を買って帰った。

その日は海老のクリームパスタを多めに作って多めに食べた。食べられるときに食べておく戦略である。

停電中に米も炊いてみた。片手鍋に米と水を入れてカセットコンロで炊いていく。鍋蓋の蒸気穴には菜箸を突っ込んでおいた。沸騰するまで強火。吹いたら弱火で10分。蒸らしも10分おこなった。美味い。「えっ」と思うくらいに旨かった。米粒一つ一つがしっかりしている。甘味も強い。比べるまでもなく炊飯器で炊いたものよりも美味しかった。

仕事に復帰すると、そこでは配給もあった。『マカロニサラダ1kg』とか『ごぼうきんぴら1kg』である。毎日いろいろともらえた。とてもありがたい。米の備蓄も多くあったので食に困ることはなくなったのである。

地震から1週間が経った。未だに生活は不便なままだ。スーパーで買える食材も豊富ではない。車のガソリンは運よく満タンに近かった。通勤には使えている。だがそれ以外の使用は控えていた。故に自転車を購入した。それに乗って街の繁華街へ行ってみたのである。

カロリー的には困っていないが、肉や魚を食べていない。それを調達するためのサイクリングであった。けれども繁華街のスーパーは閉まっている。他の店も同様だ。パチンコ店は開いている。トイレを開放してくれているようだった。

歓楽街には人がたくさんいた。昼間だが飲み屋が軒先で弁当や食材などを売ってくれている。僕もカレーを分けてもらった。ベンチで食べるそれは本当に美味しかった。

お土産にお弁当を数個購入した。豚肉も200gだけだがゲットできた。すでに家の電気は回復している。冷蔵庫も使えるわけだ。動物性のタンパク質も在庫できる。

けれども炊飯器は使わなくなった。鍋で炊いた方が圧倒的に美味いからだ。手間もかからない。なぜに今まで使っていたのだろう。そうも思えてきた。炊飯器は次のごみの日に捨てようとも思えた。

振り返ってみると『自炊スキル』に助けられていた僕がいる。それがなければ、もっとサバイバルな生活を強いられていただろう。米と水の備蓄はあった。カセットコンロの用意もしておいた。それが震災時の生活の救いとなったとは思うが、それよりも『自炊スキル』に助けられた面の方が強かったと思う。

独り暮らしをはじめたあの日、僕は自炊もはじめようと思った。それが今になって自分を助けてくれている。あの頃の自分グッジョブ。本当にありがとう。これからも楽しく料理を続けていこうと思う。

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