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タモツの日記
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#27 知らない誰かと争った

医療系の研究施設で働いている。身分は派遣社員だが、任されたミッションは重い。所属チームの仕事をサポートしつつ、施設の抱える問題を解決しなければならないのだ。

まずは問題の洗い出しを兼ねて、今はチームの仕事を覚えることに専念している。おおよその雑用は覚えた。資料の作成からコピーまで。実験室の掃除や器具の洗浄と、お仕事は多岐にわたる。そして一部の業務には社内資格の取得が必要なものもある。それの取得のための準備も同時に進めていた。

忙しそうに思えるが実際は暇を持て余すことも多い。実験が始まれば忙しくなるのだが、それ以外のときはそんなものだ。ピーク時に合わせての人材配置なので仕方ない。そもそもその暇な時間を使って、施設の抱える問題に向き合わなければならないのである。

暇さえあれば施設の中を歩いた。上長であるマスオ課長からは施設の見取り図をもらっていたので、それを確認しながら歩き回ったのである。ひとり会社見学。気分は探検隊。怪しまれないようにノートとボールペンを抱えながらの散歩であった。

気付いたことはあった。老朽化はしているものの不具合があるようには見えない。掃除も行き届いている。そもそも掃除のしやすい構造なのだ。こういうところが一流企業の一流たる由縁なのだろう。

ただエレベーターには埃が溜まっていた。内側の壁が白くなっている。おそらく空調の問題だろう。フロアの空気がエレベーターを通ってどこかに流れ出ていると推測できた。

他はきれいなのに、ここだけ汚れている理由が人為的なミスとは考えにくい。おそらく他と同じ頻度で掃除は行われているのだろう。それでもエレベーターの内部だけ埃が溜まってしまうのは、施設の構造的な問題と考えた方が無難と思ったわけだ。

よく見ると埃を指でなぞった跡もある。おそらく誰もが気付いているのだ。このエレベーターが汚いことを。ついつい姑のように埃を指で確認してしまう。それはもう人の業でしかない。

なぞった跡は複数あった。その中には跡が二重にクロスしているものもある。それは漢字の「井」とも見られる代物であった。僕のいたずら心が疼き出す。たまらず、その「井」の中の一角に「〇」を書いておいた。

しばらくしてから再びそのエレベーターに乗ると、僕の描いた「〇」の斜め下には「×」が書かれていた。知らない誰かとの戦争が始まったのである。

すかさず「〇」を足しておいた。そして時は流れて仕事は終わり、帰り際に再びそのエレベーターに乗ってみた。戦争は終わっていたのである。すべてのマスに「〇」と「×」が書かれていた。そして最下列には「〇」が三つ並んでいたのである。

おそらくこの戦争に参加したのは僕を含めて少なくとも3人。もしかしたらそれ以上の人数が参加していたかもしれない。なんてアホな会社なんだ。そう思うと同時に、この余裕も一流企業の一流たる由縁なのだろう。

次の日、エレベーターの壁はきれいになっていた。その後、そのエレベーターには何度も乗ったのだが、いつもきれいだった。おそらく掃除の回数が増えたのだろう。いつ乗っても戦争の起こる気配は見えなかった。

落書きで解決する争いもある。きっとバンクシーも驚くだろう。ただ、一抹の寂しさもあった。「〇」の次に「×」が書かれたときの驚きの裏には確かに嬉しさもあった。不思議とエレベーターの壁の向こうに人を感じたのである。

インターネットでもそうだが、人を感じるのは、なにも人の姿を目視した時ではないようだ。人の発した思考やその痕跡に触れたとき、その向こう側に人を感じる。

逆に何も発していない人の姿を見ても、実は人として認識していないのではなかろうか。大都会で人混みにまみれて生活していても孤独を感じるのはこのためかもしれない。

コピペやAIが生成した文章に嫌悪感を抱くのも然りだ。人は人の思考に触れたい生物。きれいになったエレベーターの壁を見てそう思った。

数日後、事務室では例のエレベーターで勃発した〇×戦争が話題となっていた。「結局、誰が書いてたの?、超うけるんだけどーw」。

首謀者はここにいる。けれどもそれは黙っておこう。まさか、喋らず真面目な僕が書いたとは誰も思うまい。バレたらそれはそれでめんどくさいからだ。謎のままの方がおもしろいだろう。

僕は永遠に壁の向こう側の人間として生きていくのだ。

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