実は簡単な原木しいたけ栽培。原木にドリルで穴を開け、市販の菌駒を打ち、森の木に立て掛けておけば、忘れたころに椎茸は生えてきます。その手順の意味を知っておく必要もありません。栽培で一番重要なことは環境を整えてあげること。そこを森という自然に任せたり、適応力のある品種を選べば、知識や経験は少なくて済みます。過度に手間や暇を掛ける必要もありません。それでも、そこそこの収穫を期待できるのが、原木を使った椎茸栽培です。
けれども、そんな運に頼る博打のような栽培方法では、商売になりません。やはり、農家にとって知識と経験は必要です。失敗したときに重要なことは、原因を特定して対策を企てること。知識がなければ原因は追求できず、あとで役に立つであろう経験も積めません。とはいっても、さすがに研究者ほどの深い知識は不要。そのような椎茸農家にとって必要な微生物学を、ここでは少しだけご紹介したいと思います。
そもそも微生物とはなんだろう。漠然としたイメージであるのは、目に見えないほど小さな生き物で、ものを腐らせたり、人を病気にさせるもの。けれども実際は、キノコのように目で見えるものもあり、発酵により食材をより良いものに変えたり、人の健康に良い影響を与えたりまします。それは、動物ではなく、植物でもない、第三の定義で括られている「微生物」と呼ばれる者たちです。
そんな微生物達も様々な種が存在していて、下等な微生物は細胞単位で個々に暮らしているのに対し、高等な微生物は各細胞で役割を分担し、組織を形成して暮らしています。動物が同じ遺伝子を持つ細胞同士でありながら、一方では足を組織し、一方では頭を、腕を、内臓を組織してひとつの生命個体を維持しているように、高等な微生物も、一方で糸状に伸びて養分を吸収し、一方で胞子を飛ばす器官を担う細胞も現れます。そして、椎茸菌も高等な微生物です。同じ遺伝子を持つ細胞同士が役割を分担して組織的に暮らしています。
そう考えると、椎茸菌という生物の全体像は、キノコではなく榾木(菌が入り込んでいる原木)のことだと思うのです。
地球上で一番大きな生物個体は「クジラ」と言われていますが、微生物の方が大きいという説もあります。生物個体の定義が「同じ遺伝子を持つ細胞の集まり」とすれば、森全体の土に網目状に延びた微生物が、地球上で一番大きな生物個体。そう考えれば、椎茸菌が隅まで入り込んだ榾木も、ひとつの生物個体と思えるわけです。
実際、椎茸栽培を考えるとき、榾木をひとつの生物個体として扱った方が、辻褄が合うことも多いです。例えば、温度管理にしろ、水の要求に応えるときも、キノコではなく榾木を見ないと分からないことは多々あります。つまり、果樹農家さんが果実ではなく果樹を育てているように、酪農家さんが牛乳ではなく牛を育てているように、椎茸農家は椎茸ではなく榾木を育てているということです。
以上となります。今回は以前にもブログで書いたことを、もうすこし深堀して書きました。
参考:椎茸を育てるということ
ご家庭で原木栽培に挑戦されてる皆さんにとって、このお話が何かしらの参考となったら幸いです。