『榾木をひとつの生き物として育てています』。
これは、椎茸の栽培方法を説明するときに使った言葉です。 植物とは違う『椎茸』という微生物の育て方を、分かりやすく表現するとこうなりました。
植物にくらべると、馴染みの薄い微生物。ついつい、理解のために植物のそれに置き換えて考えてしまいます。 原木は畑。そこに駒菌という種を植えて、水やりを行えば、時間とともに椎茸は生えてくる。 それでも間違いではないのですが、実際はその認識で栽培するとうまく行かなかったりするのです。
ここでひとつ余談ですが、原木は、菌を植えられると『榾木(ほだぎ)』と呼ばれるようになります。 生まれたての榾木は、1年半ほど森で放牧させます。放牧を経て成熟した榾木は、ハウス内で冷水刺激と窒息刺激を与えることによって、椎茸を産み落とします。 産後の榾木は療養に入り、次の出産に備えます。こうして、1本の榾木は生涯で10~15回ほどの出産を経験します。 つまり、椎茸を育てるということは、榾木を育てるということ。榾木という生物の生涯に寄り添うことが、しいたけ農家の生業というわけです。
ときには榾木も病気に掛かることがあります。 そのときはもう一度森で放牧させたり、あるいは処分を迫られることもあります。 刺激を与えても椎茸を生み出さないときは、もういちど療養させたり、療養時間を長くとったり。 水が少なくて弱ってしまったり、水が多すぎて動けなくなったりもします。散水するにしても、榾木の様子を伺いながら行います。 暑すぎてバテてしまったり、寒すぎて冬眠してしまうこともあるのですが、栽培環境は自然環境に近いこともあり、対処できないことも多々あります。 それでも寄り添い、ともに生きていくことが求められます。
そして、役目を終えた榾木は『薪』と呼ばれるようになります。 厳しい十勝の冬を乗り越えるため、榾木は最後の仕事に向かいます。 若い榾木を守るため、ストーブの中で熱に変わり、ハウスの内を暖めます。 だからでしょうか、ストーブの中で燃えている薪に対して、「ありがとうございました」と心の中で呟いている僕もいます。同時にすこしのさみしさも。
榾木の寿命は4~6年ほど。 愛着は生まれ、様々なエピソードも生まれます。 僕の試行錯誤のために、早くに生涯を閉じた榾木もいました。 森での放牧中にエゾシカに倒された榾木や、イベントに連れて行ってもらえた榾木も。 放牧中に大量の椎茸を自然発生させてしまい、僕を困らせたこともありました。 産み落とした椎茸を撮ってもらえた榾木も多々ありました。
椎茸を育てるということは、榾木と共に生きていくということ。 そこに椎茸農家としての幸せがあるのかもしれません。