サホロ椎茸

20200920

わりと困ってます

『東京にもっていけば売れるのは分かっているから』

親方さんとはじめて会ったときに聞いた言葉です。 そのときは普通に頷いてましたが、あとで思い返すとすごい自信だなと。 それでも、お土産で頂いた椎茸を食べてみると、その言葉にも納得。 おそらくバイアスが掛かっていたので、冷静な判断かは分かりませんけど。

それで地域おこし協力隊となり、3年間も原木椎茸の関係者となったわけですが、 分かったのは『やっぱり原木椎茸は大人気』ということでした。

買いたい人は多くいる。

売りたい人も多くいる。

ただ、作りたい人が極端に少ない。

そのためか、生産方法の効率化は僕の想像よりも進んでいたのですが、 新得町の農家さんに限ってはあまり進んでおらず。

おかげで他よりもおいしいのですが、生産者は少なく、生産量は少なく、資金も少なく。 正直に言うと『えらい船に乗ってしまったな』との想いも無きにしも非ずです。 すいません。

だからこその地域おこし協力隊ということで、3年の任期後には問題を抱える農家の一人にはなれたのですが、 おそらくは町で一番の規模となったことで、抱える問題も人一倍。 榾木の腐朽を待つ間は生産量も少なく、予定通りとは言っても困ったものです。

人ない、金ない、物もない。

きっとプロの方にコンサルティングをお願いしても、 『まずは生産量を上げましょう』と言われるのではないかと。 思えば、あのときの親方さんの希望は『プランナーやマーケターよりもプレイヤーが欲しい』でしたし。

そんなわけで、原材料となる原木の不足問題が、お金を積んでも解決できないことを踏まえると、 『人ない、金ない、物もない』を大前提に考える必要があったわけです。

結論から言うと、このとき考えた企画はボツでした。

『ぎりぎり実現可能?』ということもあったのですが、 なにより『矢面に立つ』ことが、僕も含めてチームの誰もが出来ませんでした。

どうしたもんだろうと。

加えて、菌種の選択にも失敗して、形の良くないきのこの割合も多く。

それでも、少ない予算で、少ない商品で、矢面に立つ人をつくり、動ける人を増やして、伝えたい人に伝えないとなと。

そんなことを考えていたのが、ちょうど1年前の今頃。

そういえば、隠しているわけではないけれど、困っていることは、あまり外に向かって話していなかったなと。

そんなことを思う今日この頃です。

2020.09.20

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